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架空の木

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大学病院の前には結構広くロータリーがあって
傍には立体駐車場の他に民間のバスも数台待機している
この地域では結構専門的で有名な大学病院なので
平日の午前中は人で溢れ返るけど
午後からは外来は殆どなくなり静かな
まるで滅んだ王国の様な佇まいを見せる
ミサキがふらふらと歩くので手を握るように促すと
不服そうに僕の指の何本かを握ってくる
「何か飲む?」と聞くと脇腹を小突いてくるので
自販機でスポーツドリンクを買って車のドリンクホルダーに突き刺す
ステーションワゴンをゆっくりと発進させる
駐車場の料金所ではもう顔見知りになった警備の人が
駐車券を僕の手から受け取り開閉ゲートに連結した機械に差してくれる
「今日は良い天気ですね。」
警備の人の声は穏やかで、恐らく此処に来る前は結構な仕事をしていたのかも
しれない
「はい、あまりにも天気が良いので
これから港にでも海を見に行こうと思っているんです」
僕はにっこりと微笑む
駐車場の料金メーターが0を表示してゲートが上がる
「そうですね、今日は海がとても綺麗で
向こうの山がはっきりと見えると思います
行ってらっしゃい」
警備の人もにっこりと笑い僕らを見送ってくれた
周回バスをゆっくりと避けてロータリーを回って
病院の前の信号を右に曲がってゆく
真っ直ぐに行けばお城の跡地があるし
左に曲がれば駅に向かう事になる
僕と警備の人が話している時はじっと目を閉じていたミサキが
また眼を開けて
本を読み始める
「車の中で読むのはやめた方がいい、具合が悪くなるよ」
僕が言うと、此方をちらりと見て
「大丈夫・・・私、そういう事には強いから。」

その港には遊覧船が出ていて・・・
今日は良い天気なので美しい景色がみえるだろう
車を走らせて行く
彼女は助手席で
僕がプレゼントしたヘレン・ビアトリクス・ポターの絵本をぼんやりと見つめながら
足を延ばしてパタパタと宙を打っている

僕は病室で話していた事を思い出している
ミサキの祖父は肝臓癌の末期で既に見込みはないだろうが
最新の医療施設ではその見込みをどうにかできるのか
まあそれは淡い期待でもあるけれど
最善を尽くすという意味に於いて家族をある種類の重荷から
解放していた
関係性の問題
僕は病室では微妙な位置にあるけれども
そのような位置に誰かが配置されているという事は
結構な頻度に於いて患者に本当に親しい人物にとって
閉ざされた現実・・・
直視すべき現実の緩衝材のようなものになっていた
ミサキは祖父にとても可愛がられていた
唯、抗がん剤の副作用で彼の意識は時々過去を巡っている
副作用なのか、老人特有の機能低下なのかはわからない
しかし僕が知る彼はもっと聡明で、誇りに満ちていた
人というものの機能的なもの
人の知性なんて案外脆いものだ
僕らは常に息をしていなければ数分でこの世界から消える
知性なんて結局の処
子供の恋愛のように儚く意味がなく
慰めのようなものだと、僕は病室で存在しながら深海に佇んている気分になっていた

港に着いて海に光る日差しを沢山浴びた
其処はすっかりと観光用に整備されていて機能的な部分と共に
商業的な催しが彩られており
ゆるキャラや大道芸など軽く非現実なお祭りの様な装いを見せている
僕とミサキは結構な人混みの中を縫うように歩き
彼女にお気に入りのジェラードを買ってあげる
観覧船の時刻表を見ると後20分ぐらいの余裕があった
僕等はその間、少し港を歩いてまわる。




作品名:架空の木 作家名:透明な魚