私の好きな人
結婚式当日。私は朝早くから予約した美容院に行き、身支度を整えた。久しぶりの結婚式用の装いだったけど、我ながら化けるものだなっと思える出来だった。
星野くんも少しはキレイだと思ってくれるだろうか?
そんな風に思って鏡の自分を見つめる。友人の結婚式への出席がメインの筈なのにいつの間にか私の目的は星野くんへとずれ込んでいる。彼が少しでもキレイだと、素敵だと感じてくれたらどんなに嬉しいだろう。
そんな風に思いながら美容院からタクシーに乗ってホテルへと向かった。途中で、北村さんから携帯にメールが入る。
『もう俺達二人は到着してます。ついたら連絡して下さい 北村』
丁寧なメール。笹島さんと北村さん、メインで仕切ってくれているのは笹島さんだが、私に連絡をくれるのはいつも北村さんだ。穏やかで大人な北村さんはきっと笹島さんと周りの人との間のよい緩衝材なんだろう。
星野くんからの連絡はない。着いたら連絡すると一昨日の電話で言っていたから、きっとまだ会場についていないのだろう。用がなければ連絡してこないのは当たり前なのだが、そんな事すら少し切ない。準備はどう?っとか、緊張するねっとか。出来ればそんな他愛無いやり取りをしていたい。私が星野くんの好みの女の子ならば、きっとそんなメールがバンバン飛んでくるはずだから……。
タクシーがホテルの前に到着して、私は珍しく履く高いヒールに気をつけながらロビーを抜けエレベーターに乗った。エレベーターの中で北村さんに電話をかける。
『もしもし』
いつもの穏やかな調子で北村さんが電話口に出る。
「おはようございます。今、着きました」
『僕らは来客の控え室の前にいるよ。星野くんもいる』
「えっ、星野くん来てるの?」
『うん』
「すぐに行く」
着いたら連絡してくれるって言ってたのに……。北村さんたちと会って、それ所じゃなかったんだろうか。北村さんたちとは初対面の筈なのに大丈夫なんだろうか。
緊張している星野くんを私が守るんだと意気込んでたのに……と、少し拍子抜けして私は三人に合流した。
三人の中で一番最初に目に飛び込んできたのは、やっぱり星野くん。いつもよりもぱりっとした格好で髪型も少し変えていて新鮮な感じがする。
「お待たせ」
「葉子さん、キレイだね」
私の姿を見て、笹島さんがいつもの調子で軽く声をかけてくる。
「どうも」
「いや、ホントにホントに。いつも、もっとキレイにしてればいいのに」
「そこまで手が回らなくて」
「失礼なやつだな。葉子さんはいつもキレイだよ」
「ほら、北村さんは優しい」
「そうか。失言だな。失敗、失敗」
そんな軽口叩いている輪の中、星野くんが何となく入れていない気配を感じて、私は星野くんの隣に寄った。
「早かったね」
「うん。緊張してあんまり眠れなかったんだ」
「そうなの? 大丈夫」
「うん」
普段もある身長差が私のヒールのせいで余計に開いて、近づいて話すと私はどうしても星野くんを見下ろす形になってしまう。
「葉子ちゃん……」
「ん?」
「今日は大きいね」
見上げてそう言われ、泣きたい気持ちになる。そう、高いヒールなんて履いてきたらこういう事になるの分かってたのにっと心の中で自分を激しく責める。でも、そんな気持ちに気づかれないように平静を装って足元を示す。
「うん。今日はヒールが高いからね」
「そっか」
星野くんと二人で私のヒールの高いパンプスを眺める。
大好きな星野くんよりも大きい自分がひどく情けなくって、このまま消え入りたい気持ちがする。気持ちみたいに身体も小さく小さくなって、ぽんっと消えてしまえたらいいのに。「じゃあ、全員揃ったし、最後の打ち合わせしちゃおうか」
笹島さんがそう声をかけてくれて、四人でソファのある方へ動き出す。少し星野くんから離れて歩いて、息をつく。
大きいね。
星野くんの言葉がぐるぐる頭の中を回っている。
私だって好きで大きい訳じゃないのに……。
もちろん、そう言った星野くんに悪気がない事は重々承知だ。見たままを言ったまで。彼はそういう人なんだ。
「葉子さん?」
三人に対して少し遅れ気味になった私を待って、北村さんが声をかけてくれる。
「うん。ごめん。ちょっと慣れない靴が痛くて」
「大丈夫?」
「駄目ね。変な靴、履いてきちゃったから」
「よく似合っているけどね。葉子さんがそういう靴を履いているとすごくカッコいい」
お世辞でも嬉しい北村さんのそんな言葉に、少し救われる。
「ありがとう」
「ホントだよ。今日は特別にキレイだと思う」
「ちゃんと化けれてる?」
「ああ。こんなにキレイならどんな悪い女でも騙されたいな」
「ふふふ、ありがとう」