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新たな運命の始まり

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 タケルの部屋は本棚とベッドがあって、乱雑としている。突然と和子が入ってきた。
「調べもの?」
「少し話をしていいかしら?」
「かまわんさ」
「はっきり言うわ……」
和子の言葉が震えていることが、タケルには分かったが無視した。
「何を?」
 和子ほど冷静という言葉が似合う女はいない。それが知的にも見えるが、誰が見たってセクシーじゃないのは事実だ。それなりの美人ではあるが、それは奏でることができない楽器である。
「あなたはひどい人」突然と妻に言われた。
 唇が震えている。突然、感情が爆発することがあるのである。そして、それは往々にして怒りとか、悲しみとかいった暗いものばかりなのだ。
「突然なんだ?」とタケルは和子を睨んだ。
「お父さんにひどいことを言ったでしょ」
「言ったのは君のお父さんの方だ」
「あなたに分別というものを教えただけです」
「分別は検察官だけが持っているというのか?」
「少なくとも訳の分からぬ若い女と深い関係になる人よりは」と冷やかに見た。
「妬いているのか?」
「馬鹿なことは言わないでよ!」
「安心しろ、何も関係ない」
「何も関係なくて女の部屋に訪れたり、ホテルに泊まったりするの?」
「何を証拠に」
「私立探偵に調べてもらったの、お父さんには言わなかったけれど」
「下らん。誤解しているだけだ。もう沢山だ、出ていってくれ!」
 それ以上、和子が追及しなくなった。しかし、同時に口もほとんど利かなくなった。娘の智子も母親に同調するかのように、あからさまに嫌悪感に満ちた態度を取るようになった。かつて、娘は父親寄りであったのに。彼は家庭の中で深い孤独を感じた。孤独に耐えられるのはほんの一握りである。孤独に耐えられないとき、人は往々にして破滅的な行為を選ぶ。自ら進んで破局を選ぶのだ。タケルも例外ではない。もしも、義父が忠告しなかったなら、もしも和子は何も言わずに黙認していたなら、タケルはマリとやがて別れただろう。しかし、実際にはそうはならなかった。家の中での孤独がマリへより近づけたのである。
 
マリがいろんな理由でタケルから金を借りた。その額が一千万円を超えたとき、タケルは疑惑を感じた。ひょっとして、愛しているふりをしながら、金を引き出さているに過ぎないのではないかと。一年が過ぎた冬の夜、一か月ぶりに金を貸して欲しいと言ってきたが、タケルは断った。マリは初めて憮然とした顔をあからさまにみせた。
「本当に金は必要なのか? よく考えてみると、君のことをあまり知りたい」
「知って、どうするの? 知ったら、別れられなくなるわ」
「別れようなんて……」
「いいの、心配しないで。タケルさんに迷惑をかける気はないから……」と顔を下に向けた。それは何ともいえぬ寂しさに満ちていて、タケルは思わず抱きしめた。
「あなたはいつも、そうやって抱きしめてくれる。女は抱かれる度に愛されると思う。そして、いつか裏切れる」とマリの頬に涙が流れた。
「もう、何も言わなくともいい」
それはある意味で自分に言い聞かせているようにも聞こえた。そうだ、何も言わなくとも分かりあえることこそ、愛なのだ。
「いいかい、何も言わなくとも分かる」と震えるマリの手を握りしめた。
「何も言わなくとも……」とマリは復唱し、見上げた。すると、タケルはその濡れた唇を塞いだ。マリの身体から力が抜けて、その身をタケルに委ねた。
「帰ることにしたの……故郷に……」と囁くように言った。
タケルの体が止まった。
「なぜ?」
「あなたから自由になりたいの?」
「自由? 突然、何を言い出すんだ」
「もう、あなたのことで悩みたくないの。あなたは遊びだったでしょ? でも、私は真剣だった。だけど、もう疲れたの。あなたを待つことに。……とても耐えられないの。独り眠れず待つ夜が耐えられないの。もう、一年になるのよ、私たちの関係は」
タケルはびっくりしてマリを見た。マリは視線をそらさなかった。薄暗闇の中でも口許にほんのわずかに笑みを浮かべているのが分かった。
「私は引っ越しすることにしたの。新しい生活を始めるの。あなたも、その方が良いわ。それが私たちの運命よ」
「君に運命が見えるのか?」
「皮肉は言わないで……もう、わたしは帰るわ」とマリは立ち上がり服を着始めた。
「皮肉じゃないよ、マリ。今、君を失ったら、僕はどう生きればいいか分からない」
「かわいそう……でも、さようならよ」
 そのときだ。タケルに殺してやりたいという憎悪の炎が起こったのは。
「もう、一度だけ頼む。去らないでくれ」
「さっきも言ったでしょ、決めたことよ」
「お金はどうする? 君に一千万以上も貸したのだぞ」
「そんなものはもうないわ」
マリは微笑んだ。目は冷ややかだ。どこか見下している。冷めたような微笑はこれだったのだ。
「初めから返す気などなかったのか?」
「本当に返してもらう気だったの……」とマリが言い終わらぬうちに、彼は彼女の首に手をかけ強く締めた。それはタケルの新たな運命の始まりの合図だった。

作品名:新たな運命の始まり 作家名:楡井英夫