あの夏のカレラ
事情を話して、タンクに10リットル入れてもらい、汗を流しながら戻った。いったい、私はなにをやっているんだ。車について、ガソリンを入れようかと思ったが、給油口が見当たらない。おいおい、ポルシェ様、あなたはどうしてこうめんどくさく出来ているのかしら。ノーマルでいいのに、どうしてこうややこしく作ってしまったの。美人で、スタイル良くて、完璧なものって、めんどくさいな。いろいろ探した結果、運転席側のサイドミラーの横に蓋らしきものがあり、そこを開けたらガソリンの臭いがした。こんなところにあるなよ。分かりやすいところにしようよ。意味あるのここにする。でも、入れなきゃ。この恥ずかしい状況を脱しなければ。
タンクからガソリンを入れながら、そこに立つ陽炎を見ていた。夏の日に陽炎はつきものであるが、この情けない姿を逃げ水の如くいち早く消し去りたい。体中が暑い。空のタンクを返しに行き、帰りは少し小走りに戻り、汗を拭い、エンジンをかけた。ああ、かかった。この喜び。辺りをみる余裕もなく、私は走り出した。環八を走るたびに、この思い出が蘇る。暑い夏と言えども、その時の夏には敵わない。あの日、ガソリンタンクを抱えて走る、汗だくの白いポルシェは、私だ。私の、夏、ポルシェの夏。 (了)