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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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あの夏のカレラ

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『あの夏のカレラ』

それは‘カレラ’だった。それは‘自慢’だった。

その頃編集プロダクションでアルバイトをしていた私は、車を使って品物を集めたり、カメラマンと旅をしたり、細かいキャプションを書いたりしていた。たまに読者モデルになりすまし、カラーページに登場したりと八面六臂の活躍(?)で大忙しだった時代がある。忙しい割には安い時給のバイトであった。けれど、時折ユニークな経験をさせていただけるので、社会にまだまだ疎い私としては率先してやらせていただいたのだ。

幾つかエピソードをあげてみる。怪しい雑誌(いまほど露出がなくてもウルサイ時代だった)のモデルになった時があった。私は別にほんとうに脱ぐことはなかたけれど、相手の女の子はすべてを曝け出し撮影に臨んでいた。あの頃は‘地下モデル’などと呼ばれていたのか、訳ありの子か、ちょっとユルい頭の子なのか、それともお金目当ての‘女優’だったのか詳しくは分からない。その時の女の子は慣れていなかったのか、最後の最後に涙を流しながらの撮影だった。残念ながら、なにが苦しかったのか訊かないうちに終わってしまった。私もそれなりにウブだったってことだ。

また千葉の館山のホテルを宣伝する企画があり、BMWを運転していったことがある。こういう場合、モデルは女の子だけであり、私はライター&撮影アシスタントとして動いた。その時のモデルがとても綺麗な御方だった。歳も26で大人のフェロモンを振り撒き、一挙手一投足を眺めては、男3人(ライター、カメラマン、私)、暇さえあれば褒めちぎっていた。すらりとした痩せ型で、髪も長めでさらりと靡かせ、目元口元、指先、腰付きなどなど、どれを取っても不備はなかった。でもいま思えば、そこまで完璧な女性なのに、こんな小さな仕事をしなければいけないなんて。なにか訳でも・・・・と勘ぐってしまう。

一泊して帰ったのだが、帰りの電車が偶然同じ方向で、二人で吊り皮にぶら下がりながら世間話をして別れた。もし私に勇気と神の味方があれば、電話番号なり訊き出せたはずなのに、私にはその運を呼び込めるような美男子でも、金持ちでもなかったので指を咥えてさよならしたのだ。そして、後日談。カメラマンのYさんは、しばらく付き合っていたと聞いた。悔しかった。けれども敗北は認めざるを得ない。さらに腹が立ったのは、Yさんが田舎、福島弁で曰く、「あの女は、わがままで駄目だぁ。めんどくせぃ」と言っていたことだった。いいカメラマンは職業だと思った。

さて、そんなバイトの中、車がらみの仕事をもらった。ポルシェの運転である。イメージ写真撮りだったか、品川の「船の科学館」まで運転するというものだ。私は数々の車を乗りこなしてきたが、外車は初めてだった。(さきほどのBMWはもっと後の話である)。ポルシェ自体はもちろん知ってはいたが、いったいどこがどう違うのか全く知らなかった。編プロ内でも車雑誌も扱っていたので、いくつかアドバイスはもらったけれど、実際乗ったことはないというので、「こういう感じ」というアバウトな情報で臨んだのだ。

左ハンドルなんてことは百も承知だが、国産車とすべてが‘逆’だという感覚を掴めるのかどうか。運転がほんとうに出来るのかどうか、不安は隠せない。だが、そんな顔をしてはみっともないので、自信をもって、田園調布近くにある、環状8号線沿いの取扱店へ行ったのだった。それは夏の、これから暑くなるだろう空気の午前中であった。蝉の声が車の行き交う音を消す勢いだった。

白いポルシェ・カレラが目の前にある。どんな種類かまでは分からない。けれど、[
Carera]と書いてあるので間違いはないはずだ。お店の人に「運転、大丈夫ですよね?気をつけて」と気楽に言われてしまったので、「いいえ、初心者です」とも言えず、「まあ、はい、大丈夫です」と口先だけの返事をして、恐る恐るエンジンをかけた。ボルルルルンといままで聞いたことのないような轟音が鳴り響き、私のハンドルを握る手が、指がビビっているのが良く分かる。いま思い出してもドキドキする。中の構造ももうほとんど忘れてしまったが、多分ギアと間違えてワイパーを動かしたような覚えはある。なんとか走り出したが、なんとクラッチ(分からない人のために。ギアを入れる時に踏み込むレバー。アクセルとのバランスが大事である)の感覚が違うのである。普通は斜めの状態のレバーを踏めば、私の脚は、「甲」を上に押しあがった形で収まるのだが、ポルシェ様のクラッチは、甲を逆に前に倒し、床に対して平行になるぐらい押さなければだめなのだ。つまりバレエの足先のように、指を閉じてお辞儀をするみたいな。この大きな動きが実に不自由なのだ。ギアも入りにくいし(慣れてないから仕方がないが)、心臓にはかなり圧力をかけているだろうと思った。しかし、行かねばならぬ。

しかし、ポルシェである。カレラである。どうみても、それは分かる。自分が運転しているということを知らず知らずアピールしているのが分かる。窓を全開にして、真夏の熱気に酔っている。この際、暑いなんて言ってられない。なにしろ、ポルシェだから。このエンジン音、違うよねぇ、このボディのライン、イカシテルよねぇ、という具合に。少し慣れて来たのか鼻歌も出てくる。♪は~れたそら~、そよぐかぜ~。

どれほど走ったか。まだ10分も走っていない。信号待ちで留まっていると、エンジンが急に大人しくなって、完全に止まってしまった。あれれ、どうしたんだ。バッテリーかな。キーを回してもグススススッと言うだけで回ってくれない。おかしいな。っていうか道の真ん中でエンストだよ。えええ、ポルシェなんですけど。私は焦ってきた。いまと違い、携帯電話などないのですぐにどこかへ連絡もできない。とりあえず、ハザードランプをつけて外へ出た。暑い陽射しだ。おかしい、おかしいとウロチョロしてみたもどうしようもない。原因が分からない。そのとき、まさか、というあることが閃いた。ガソリンか?

メーターをそっと覗きこんだ。からっぽだ。ガソリンかよ。入れておいてよ、貸すんだから。でなくても、ガソリン入ってないですよって教えてよ。こんなちょっと走って止まるぐらいしか入ってないなら尚更ね。どうするのさ。どうするもこうするも、ガソリン入れないと、車は走らないんだよ。(ああ、こういうCMがあったなー)。おおお、みんな、見ないでよ。エンストしてますけど、ポルシェですけどね、見ないでください。恥ずかしいでしょ。もう、堪りませんよ。ポルシェがガス欠だなんて。

仕方なく、車を放置してガソリンスタンドを探しに出た。適当に歩いてやっと見つけた。
作品名:あの夏のカレラ 作家名:佐崎 三郎