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石橋

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町外れに草の枯れた野原があった。
その先に茶色い水が水溜りのように溜まっただけの汚い川があり、その上へいつ誰が建てたのだかよく分からない、変に立派な石橋がかかっていた。
その石橋の上を小さな娘が一人、向こうへことことと渡っていて、すぐ脇の欄干の上にとぐろを巻いた白い蛇が、舌を出したり入れたりしながらその娘をじっと狙っていた。
蛇は娘が前を過ぎると音もなく橋面へ降り、鎌首をもたげて娘の後を追い出した。
娘は気付きもしないらしい。
蛇を後ろへ従えたまま、さっさと橋を渡ってしまった。

これは放っておけばろくなことになるまいと思って、私も蛇のさらに後ろへついて橋を渡った。
蛇は時おり口を大きく開けて、噛み付くようなあくびをするような仕草をしながら娘の後をにりにりと追った。
その様子がいかにもいやらしい。
私はだんだん蛇が憎らしくなってきて、また、娘がただの他人の娘ではないような気がしてきて、待ち構えるような気持ちになっている。
蛇が少しでも妙なそぶりを見せたら、たちどころに掴まえてひとちぎりに殺してしまおうと思う。

娘は石橋を渡り切ると、妙に駄々広い目抜き通りのようなところを歩いていった。
蛇も音もなくその後を追った。
後ろにいる私の気を知っているのだかどうだか、そ知らぬ顔をして滑るようにすっすっと娘の後をつけていく。
私は今にでもこの忌々しい蛇を殺してしまいたいと思いながら、それでも辛抱強く距離を保って後を追った。
何だか広いばかりで人のいない、うら淋しい通りであった。
私は心細くなりながら、いよいよ娘が他人の娘に思われない。
そうして蛇が気になって仕方がない。
蛇のくせに、早く尻尾を出せばいいものをと、いらいらしながらついていった。

そのうちに娘は大きな桑畑へ着いた。
ほうぼうで、娘と同じくらいの小さな子供が何人か、それぞれ思い思いの木へ登って遊び半分にまだ生えきらない桑の葉をむしっている。
娘もすぐに手近の幹に手をかけ、猿のようにするすると上へ登った。
その時に、風が小さく吹いて娘の裾をちらりとまくった。
私は危ないと思った。
果たして蛇が待ってましたとばかりにしゃっと叫んで、娘の後に続いて恐ろしい勢いで木を登り出した。
私は慌ててその木に駆け寄りながら、娘に向って「蛇がいる、蛇」と怒鳴った。
娘はその声でようやく蛇に気付くと、驚いた拍子に足を踏み外し、短く叫んで地面へ落ちた。
すると蛇も木からサと離れて地面へ落ち、素早く娘に近づいて娘の身体へがんじがらめに巻きついた。
巻きつかれると娘は身体をよじって変な声をあげ出した。
見れば娘の裾が大きくはだけ、蛇の身体が尻尾の方から半分近くも娘の体の中へ入っている。
しまったと思って私は急いで蛇を娘の身体から引き剥がし、ちりぢりにちぎって殺した。
しかしもう手遅れだった。
娘の腹は見る見る脹れ、波のようにぐるぐると蠢き出していた。

大変なことになったと思っているうちに、娘の腹の脹れは下へと下がり、大きく膨らんで、おたまじゃくしのような蛇の子が下腹から無数にぢょろぢょろと出てきた。
私はびっくりして、次々出てくるその蛇の子らを手当たり次第に潰していったが、蛇の子は潰しても潰してもキリがなく、潰し切れずにそこら中へ溢れ流れた。
そのうちにその中の何匹かが、代わる代わるひょいひょいと点のような娘の乳へ吸い付いてこようとし出した。
と思うとすぐに他の蛇の子もそれへ気付いて、一斉に娘の乳を狙い出した。

私は自分でもよく分からないことを叫びながらそれらをはたくのだけれど、一匹一匹が小さ過ぎて、はたこうとすればするほどかえって纏わりつくらしい。
蛇の子は私の腕や脚にも群がって、恐ろしい力でぎゅうぎゅうと締めつける。
そればかりか服の中へ這入り込んだり、鼻から耳へ抜けていったりするものもあるのでその気味の悪さは尋常ではない。
口の中へも後から後から這入ってくるので、喉が詰まって息もできない。

私はいよいよ必死になって、闇雲に蛇の子をはたいた。
この娘が一体誰なのか、だんだん分かりかけてくるように思われた。
私はすがるような思いでただ一心にはたいた。
蛇の子は一向になくならない。
私はさらに必死になって、目にいっぱい涙を流しながら両手をめちゃくちゃに振り回した。
やっぱり蛇の子はなくならない。
私はとうとう声をあげて泣き出した。
こんなに涙を流して、必死になってはたいているのにどうにもならない。
私は目を真っ赤に腫らして泣きながら、娘の顔をもう一度よく見てみようとした。
すると娘も何もいなかった。
私が蛇の子だと思っていたものは、川のほとりに列を作った黒蟻の群れだった。
作品名:石橋 作家名:水無瀬