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打算的になりきれなかった一週間

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第四章 すれ違う心



まったく、あの部は腐女子の巣窟か。俺は漫研に入ったことを
早くも後悔しはじめていた。軽音部を追われるようにしてやめたあと、
同じクラスの武蔵小路が「学校で漫画が読める」と言っていたのを聞きつけ
軽い気持ちで入ったのだが(友人には「オタクと思われるからやめとけ」と
言われたが、俺は別にそれは構わないと思う)、後悔しきりだ。
駅近のマックに裕美と二人入っていく。すぐ近くの高校は制服禁止で
お持ち帰りだけだったが、うちはそういうおふれは出ていないようで、
同じ学生服が座席を占拠している。
「席が空いてない?」
先に二階に上がった裕美が手を×にする。
「持ち帰りにして、公園で食べようよ。桜がきれいだし」
俺たちは店を出た。駅から離れた記念公園は桜が満開だった。ピンクの花びらが
クレヨンで描いたように青い空にとけ込んでいる。ぶらっと散歩に来た様子の
人や、素人画家たちが思い思いの行動を取っていた。ちょうどベンチが空いて
いたので、腰掛ける。
「私、今年の花見は初めてよ。忙しかったから。翔大は?」
心なしかはしゃいで見える。そうか、そりゃ良かった。
「俺も最近花どころじゃ無かったからなぁ」
裕美はがさがさと袋からポテトを取り出して食べる。
「出来たてよりちょっとへにゃってなったのが好き」
「お前変わってんな。俺はチーズかけて電子レンジで温め直したのが好きかな」
「うっわ高カロリー。太るよ?」
「ポテト食べてる時点でカロリーのことを言う資格はないわな」
「言えてる」
笑いながらポテトをほおばる。おい、誰も取りゃしないぞ。
おっといけない、と裕美は我に返った様子で
「打算的な女は、ポテトも上品に食べないとね」
言いながらちまちまと食べ出す。はい? 
「どう関係があるんだよ」
「下品な女は男に嫌われるってことよ」
「思い込みだろ。ジャンクフードは豪快に食べるもんさ」
裕美は何か言いたげに俺を見た。花を渡るそよ風が気持ちいい。
「翔大って、イイヤツだよね」
はあ。
「それは、どうも」
「聞いたの。唯から事の顛末を」
「……うん」
「馬鹿馬鹿しい話だよね。親の都合で、跡取りだの婚約者だのってさ。私は
翔大ほどじゃないけど、父親が部下と浮気して、その女と暮らしたいってんで」
ぽつんと声が落ちる。「捨てられちゃった。へへ」
裕美の肩が小さく見えて、でも何も慰めの言葉が出てこない。こういうのって、
経験だろうか。いい年のおじさんになったら、ぺらぺら慰めの言葉が
出てくるようになるのだろうか。俺も。
「翔大はでも、負けることないよ。私も応援するし」
俺はくしゃりとマックの袋を潰した。すぐそばのゴミ箱に放り投げる。
「……俺のさ」
親子連れが目の前を横切っていく。7歳くらいの男の子が、楽しそうに
母親にまとわりついている。
「父親が、本当は親戚の家を継ぐはずだったんだ。だけど嫌がって
こっちに出てきて……もう親戚の家には若手がいないし、俺に矛先が廻ってきて」
「うん」
「これ以上、逃げられねえんだよなぁ……」
「それは思い込みよ」
むっとする。お前に何が分かるって言うんだよ。
裕美は強いまなざしで俺を見た。目をそらせない。
「何それ。翔大は、お父さんのやったことを背負い込もうとしてるだけじゃない」
図星だった。けれど俺には責任があった。使用人や、下卸の人に対する重大な責任が。
「でもさ、俺は跡を継ぐように育てられたから。夏休みになると親戚の家に
泊まりに行って、農業の基礎や経営学の勉強をして……今更他の仕事に
就く事なんて、想像もつかないし、余所から跡取りを取るのは全員が反対なんだ」
風が吹く。こんなちんまりした公園よりも、ずっとずっと広くて、壮大な農地。
その跡取りとして育てられた自分。
「頑迷よ。時代遅れだわ」
「うん。俺もそう思う」
「おまけになんか被害者意識も感じられるし。なりたいのかなりたくないのか、
どっちなのよ」
俺はふぅとため息をつく。「両方かな」
「いい加減ね」
「そうかも知れない」
まあ、良いわ、と裕美はポテトをふるふると振った。
「優柔不断な翔大君はご両親と親戚に逆らえず人生を棒に振ると。
そういうことよね。でも私は一週間だけの彼女だから、これ以上それについては
何も言わないわ。さすがに言葉に責任が持てない」
肩すかしを食らった気がして、俺は肩を落とした。裕美がぽんぽんと肩を叩く。
「話を変えましょう。あの坂口先輩って人のことだけど」
やっと口に出せたので、ショックが割と大きくて無言になる。裕美は続けて
「……もし手を出してきたら、守ってくれる?」
守ってくれる?
寿絵がそんなことを言っていた気がする。もし何かあったら、守ってくれる、と……。
もしかしたら寿絵も、嫌がらせを受けていたのかも知れない。俺は
それに気付かなかった。寿絵がいつも笑っていたから。
俺は……酷く、鈍感なのかも知れない。人の気持ちに。
俺は声を絞り出す。
「……ああ。一週間だけだけど、俺、彼氏だし」
裕美はにっこりと笑った。
「良かった。それを聞いて安心したわ。私、あんな人に絡まれたくないし」
風が吹く。ひらりとスカートが揺れた。俺はそれをぼんやりと眺める。
「それと、週末どこかへ行きましょう。私たち、ちゃんとデートもしていないわ」
「なかなかさまになってきたよ、『打算的な女』さん」
「それは……どうも」
裕美は微笑む。その表情は、どこか寂しげに見えた。