打算的になりきれなかった一週間
第一章 恵まれた男
イケメンに生まれたら人生チートレベル、なんてリアルでもネットでも言われるけれど
実際にはそんなことはないと思う。
顔が良いと嫉妬される。そしてむやみに期待もされる。勉強でもスポーツでも。
出来ないと「残念なイケメン」というよく分からない烙印を押される。
「**くんって、顔は良いんだけど〜」だ。うるさいなぁ、ほっとけよ。
幸いなことに俺は器用なので、成績も良かったし、スポーツもまあ、人並みに出来た。
そうすると何が起きるかと言うと、醜い争奪戦なのである。
女子は怖い。そしてえげつない。何かというと弱者を武器にして、集団で
かかってくる。そして泣く。泣かれちゃこっちは悪者だ。普通に話しただけなのに、
やれ惚れたはれただと個人攻撃を繰り返すので、おかげで俺に近づくまともな女は
いなくなってしまった。寂しいことだ。裏では何やら曰くありげな協定が
結ばれているらしい。それも怖い。
俺は図書室でその少女に出会った。名前は寿絵(ひさえ)と言った。透き通った
白い肌がとてもきれいで、触れたかった。恋をするにはそれで十分だった。
俺から告白した。寿絵はOKしてくれた。あの時、俺に恋する少女達の気持ちが
少しは理解出来たような気がする。
俺は毎日、彼女を自転車の後部座席に載せて家まで送っていった。携帯のタダ友通話で
長電話をして、充電器に繋げながらも話した。友達のこと、教師のこと、
芸能人の噂、将来の夢……話すことはいっぱいあった。
それなのに、一週間後、事態は最悪の展開を迎える。
「ごめん」
俺は告げる。寿絵は泣きじゃくっていた。裏庭で、園芸部が植えたチューリップが
ふくらみ始めていることを俺は知ったけれど、寿絵がどれほど傷ついたかは、
まだ実感が沸かなかった。逆に言えば、それほど大きなショックを受けていた。
「……知っていたの……?」
俺は慌てて
「知らないよ! 俺だってゆうべ初めて聞いたんだ」
ゆうべ両親に呼び出され、婚約者の話を聞かされた。俺は高校を卒業後、
親戚の豪農の跡取りとして引き取られることが決まっている。
高校進学も親戚にお金を出してもらっていたからそれは知っていたし了承済みだった。
だがしかし、まさか婚約者まで決まっていたなんて。
「断れないの?」
「跡取りの話はちょっと、複雑なんだ。……婚約者は断ってはみたんだが……」
俺は言いよどむ。寿絵は俺をにらみ据えた。
「……セットなのね?」
「そういうことになるな……」
「なるな、じゃないでしょ馬鹿! 私が好きなら断ってよ!」
彼女の言い分はもっともだし、俺だって親戚の決めた婚約者なんてごめんだ。
それから板挟みが始まって、彼女はヒステリックに怒りっぽくなるし、
次第に気まずくなって疎遠になった。
その話を、誰かが故意的に改変して流したらしい。曰く、あいつは親の決めた婚約者が
いるくせに告白して彼女を作ったらしいと。寿絵の友人に確認してみたが、
俺らが別れた話は結構有名らしく、噂の出所を確認することは難しいと言われた。
「もう二度と寿絵に近づかないでね」のおまけ付きで。
その俺に、なんか変な女が現れて言った。
「私の彼氏になって欲しいの」
その少女は岡村裕美といった。最近可愛くなった岡村と男子の間で評判の
あの岡村さんだ。言われてみると割と可愛らしい顔立ちをしているが、
そんな評判が立つほどでもない。たぶん以前がよほど酷かったんだろう。
彼女は打算的な女になるために、俺を利用したいらしい。
打算的な女って相手に言ったらダメなんじゃねぇの。思ったが言わないでおく。
面白そうだったので、付き合ってみることにした(あの一件でだいぶ性格が歪んだ)。
「カップルと言えばこれよね。放課後デート」
「はぁ」
俺は自転車を押しながら、狭い通路を岡村さんと一緒に歩いた。漫研の活動を
今日は休んで、一緒に帰ることになった。すれ違う女生徒がこちらを見てひそひそ話を
する。寿絵と別れてから1ヶ月しか経っていないのに……あっという間に噂が
広まるに違いない……。
岡村さんはメモを取り出した。表紙には「打算メモ」とある。何が何だか分からない。
「携帯番号、メアドゲット。次に、翔大くん? って呼んで良いわよね」
「くんは要らないよ。じゃあこっちは裕美で」
「OK。翔大く……翔大は、趣味は何なの」
「漫研部員にそれを聞きますかね」
嫌味っぽく言ってみたら、裕美はくすくすと笑った。
「あら。本当にオタクだったの?」
「毎週ジャンプを買って、週1回アニメを見る程度には。いわゆるライトオタかな」
「そういうのは今はオタクって言わないわね。一般人よ。唯みたいに
漫画イラスト書いてSNSやってるレベルじゃないと」
「レベル高っ。唯って尾上?」
「そうよ」
「あいつはホモ描いてるからなぁ。かなりマニアックな方じゃねーの?」
「ホモじゃなくてBLでしょ。人口はかなり多いわよ」
「マジで? ってか、どこがどう違うの」
「BLはざっくり言えばファンタジーらしいわ」
「ホモでファンタジー……」
さっぱり分からん、と首を傾げると、裕美は真顔で頷いた。
「私にもよく分からないの。でも、友達の趣味に口を挟むつもりはないわ」
「ま、そりゃそうだな。そういや尾上といえば、なんか怒って無かったか?」
心なしかむっつりしていたような。
「やっぱり怒ってるかしら……。実は野望のこと、彼女には言ってなかったの。
絶対反対されると思って」
そりゃ友達がいきなりあんな宣言をしたら、びっくりもするし怒りもするだろう。
「謝っておいた方が良いと思うけど」
「そうね。……あ、私、ここで良いわ」
駅に近い曲がり角に来たとき、裕美は立ち止まる。寿絵の時と違って、
離れがたいと言う気分じゃなかった。だからすぐに離れようとした。
「あとで携帯に電話するから!」
だが、そう言って手を振る様が、同じセーラー服ということもあって寿絵と重なる。
それが辛くて俺は早足で家へと向かった。
作品名:打算的になりきれなかった一週間 作家名:まい子