小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

打算的になりきれなかった一週間

INDEX|1ページ/18ページ|

次のページ
 

プロローグ



父の浮気が原因で両親が離婚してから、私は打算的な女になろうと決めた。
書きためていたポエムも、大好きな純愛小説や漫画も、夜話しかけていた
ぬいぐるみも、流行遅れの服も全部ゴミ袋に入れて、火曜の燃えるゴミの日に捨てた。
そしてあれほど嫌がっていたコンタクトを買いに行った。コンタクト屋の
お姉さんは「ソフトレンズなら痛くないですよ」とにっこり笑った。
言われた通りにしたら、思ったほど痛くない。小学2年生ぶりに見る
はっきりした視界の素顔の私は、自分で思ってたより可愛かった。
これは幸先が良い。

「男子が裕美(ひろみ)の噂してたよ。変われば変わるもんだって」
学校の廊下を歩きながら、唯が言った。放課後の学校は賑やかで、
学生達がまるで激務から解放されたかのようにはしゃいでいる。そのうち
何十人かはまともに授業も聞いていないだろうと私は睨んでいる。
ここは私たちの通う六朗高校。私、岡村裕美と尾上唯は高校二年生である。
「どのみちガリ勉女がどうこうって言ってたんでしょ」
「ご明察。でも良い評価だったよ」
唯はセーラー服のリボンをひらひらさせながら「で、話は変わるんだけど、
うちの漫研に何の用事なの?」
唯は漫画イラスト研究会に所属している。イラストも見せてもらったが、
なかなか上手い。だがSNSとか言うところでは低評価だと愚痴っていた。
私も漫画は好きだが読み専だったもので、その辺りはよく分からない。
ちなみに私は文学部の幽霊部員だ。部活動に所属していた方が先生の
心証が良くなるためそうした。私が抜ければ文学部は会に降格するので、
良いことをしたものだ。
「同学年に中多翔大(なかた しょうだい)っているでしょう。彼に用事があるの」
唯はにやっと笑うと
「まさか男目当てとは」
「違う違う。彼に聞きたいことがあるんだって」
「個人的には中多君は止めといた方が良いと思うけど……あの噂、知ってるでしょ?」
唯は真顔になって私を見据える。私は頭を振った。
「だから違うって」
「なら良いんだけど。こっちだよ」
唯が立ち止まる。部活動の棟は教室よりドアが綺麗だ。そのドアを引いた。

目の前に上半身裸の男が立っていた。ぎゃ、と言って顔を背ける。唯は
平然とそれを見ていた。
「部長、服着てくださいませんか。友人がびっくりしてます」
「ふむ。このくらいでびっくりするとか、可憐な女性だね」
そうじゃなくてキモイんだよっと言いたかったが、どうも先輩らしいので怒りを堪えた。
唯は平常心の声のまま言いつのる。
「セクハラもやめてください」
「分かったよ。ちょっと待ってくれ」
少し間が空いて、もういいよと言われた。私はおそるおそる目線を戻す。
制服を着た部長と、スケッチブックとペンを持った女の子、そして窓際に
私の探していた中多君がいた。退屈そうに窓枠にもたれて漫画を読んでいる。
部長がドアの前に立つ私たちに近づいてくる。
「これは失礼。デッサンをしていたものでね。尾上君、彼女は
漫研に何か用事かい?」
「あ、はい。中多君に用事があるとかで」
北村先輩は少し含みありげに目をそらすと、中多君の方を見た。
「中多ー女生徒がお前をお呼びだぞー」
中多君は顔を上げると、漫画を置いた。その姿はほれぼれするほど格好良い。
女子が放っておかないはずで、追いかけ回されていたらしいのだが、
(らしい、というのは又聞きだからだ)
ある事件をきっかけに、女子のほとんどを敵に回した。もちろん犯罪行為とか
そういうことをやった訳じゃないが。所属していた軽音部にもいられなくなって
何を思ったか漫研に来たのだと唯が言っていた。
「ん? なに、用事って」
中多君はドアに手を置く。わ、本当に格好良いなぁ。アイドル顔負けだ。
「それがね」
私はにっこりと笑った。「私の彼氏になって欲しいの」
------時間が止まった。
中多君は頭をわしわしと掻くと
「あー……俺の噂、知ってるよね?」
「知ってるわ。有名だもの。親の決めた婚約者がいるくせに彼女を作って、
女子から総スカンをくらった中多君」
中多君は一瞬むっとした顔をしたが、すぐに真顔に戻ると
「知ってるなら話が早い。そういうわけだから、じゃ」
「待って!」
「何」
面倒くさげに振り返る。私は一指し指を立てて
「この場合問題があるのは、彼女側に恋愛感情があったからでしょう?
私は、無いわ」
「じゃあ何で告白するわけ」
「してないじゃない」
「したも同然だろ」
「これには私の遠大な計画が隠されているのよ。まあ話を聞いて頂戴」
私は簡単に事情を説明した。
親が離婚したこと、大恋愛の末の結婚だったそうなので恋愛に失望したこと、
ゆえにもっと打算的に生きることにしたこと、良い会社に入って良い男を
捕まえることにしたこと、そのために私に足りないのは恋愛経験だと思ったこと。
「男の心理を知らないといけないって啓発本に書いてあったわ。
それってつまり経験が必要ってことよね」
中学の時、一度告白されて付き合ったことがあるのだが、
恥ずかしくてデートもせずに一ヶ月で別れてしまったのだ。
あの頃は純情だった。今は厚かましいけれど。
「はあ」
中多君は面白がっている様子で、物珍しそうに私を見た。
「俺を練習台にしたいってこと?」
「平たく言えばそう」
「その茶番に付き合って、俺にメリットあんの?」
「それは……無いけど……」
言いよどむ。分かった、と彼は頷いた。
「一週間」
「へ?」
彼はにっこりと笑んだ。
「一週間だけお試しで付き合ってみよう。条件は漫研に入ること!」
隣で唖然としていた部長が色めき立った。
「部に昇格だ! えらい、えらいぞ中多!」
「へへっ」
中多君は頭を掻きながら部長を見た。唯が難しい顔をしてふたりを交互に
見比べる。
「……分かったわ。明日、入部届を提出するから」
私は頷いた。とにかく、目標は達成したのだ。一週間だろうが何だろうが、
構っていられない。ぐっとリボンの前で拳を握りしめ、ばくばくいう心臓を
押さえつけた。


こうして、彼と私の茶番な一週間は始まった。