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有島そうき
有島そうき
novelistID. 37034
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父の恋人 後半

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「西野さん、おばあさんにご連絡取れるかしら?」
「取れますけど、おばあちゃん、もう寝ちゃってると思います」
「そう……困ったわね」
 先生は何に困ってるのだろう? 夜にうちに電話をかけてくるなんて何の用だろう?
 私が色んな考えて頭をぐるぐるさせていたら、電話口の向こう、遠くの方から聞きなれた声がした。
大丈夫、まあ子でも分かるから。
 私は驚いて、思わず電話口の向こうに怒鳴るように声を上げた。
「父さん!? 先生の所にいるんですか!」
「実はそうなのよ。今日、家庭訪問に同席できなかったからって謝りに来られてね。まあ子ちゃん、お父さんの喘息の薬ってどこにあるか分かるかしら?」
「はい、分かります!」
 父さんが先生の所に!? 家に帰ってこないでどうしてそんな所にいるの!
 私の中でよく分からない気持ちが走り回って、内側から胸にぶつかってきたり、お腹にぶつかってきたり、喉から出て行こうとしたりして、身体の中がわあわあとなる。
「お父さん、喘息の発作が出てしまったみたいで、今から私がお薬を取りに伺ってもいいかしら?」
「私が行きます!」
「でも、夜道だし、道に迷ったら大変よ?」
「大丈夫! 先生のうち、分かります」
「ホント? 大丈夫かな?」
 迷う先生に後ろの方から父さんが、大丈夫、大丈夫。まあ子はしっかりしてるから、と言っているのが聞こえた。
「私、行きます!」
 私は先生の返事も聞かずに電話をがちゃっと置いて、洗面所に飛び込んだ。父さんの喘息の薬は洗面所の鏡台の中だ。お酒を飲んでは夜中によく発作を起こすので、私でも取り出しやすいようにここに入れてあるのだ。
 パジャマの上にコートを着て、そのポケットに薬をしまって、私は走って家を出た。先生の家は酒屋さんの近くのアパートで家からだと歩いて十分ほど。走っていけばすぐに着く。
 家の外はしんしんと冷えていた。お月様だけの明かりで暗い夜道を、私は一人サンダルで走った。サンダルの底はぺったんぺったんとしていてひどく走りにくい。途中で何度か転びそうになりながら、私は先生のアパートの前まで来た。
アパートの前では先生が寝巻きにカーディガンを羽織って、私を待っていた。
「ああ、良かった。さ、うちに入って」
 先生は私を見つけると駆け寄ってきて私の肩を抱き、家に上げてくれた。先生のうちは入った途端、甘くていい香りがした。玄関を入ってすぐの台所には白いテーブル。その奥のベッドのある部屋のソファに父さんが横になっていた。父さんは私の顔を見ると、ああ、まあ子よく来たな、っと笑顔を作って身体を起こした。
「もうっ! 何やってるのよ」
「ごめんごめん」
 私の手から薬を受け取って、父さんは口に当てた。ヒューヒューと息を吐きながら、薬を吸ったり吐いたりしている。
「まあ子ちゃん、ありがとう」
 そんな父さんを見ながら、先生が私にそう言う。私の父さんの事なのに、先生にお礼を言われるなんて、何だか変だって思いながらも私は曖昧に笑顔を返した。
「お父さん、家に泊めようと思うんだけど、まあ子ちゃん、お家で一人でも平気?」
「泊めてもらうなんて、そんな! 家に連れて帰ります」
「でも、辛そうだし、家に帰るの大変じゃないかしら?」
「大丈夫です。ね、父さん」
 私が言うと父さんは薬を口に当てたまま、うんうんっと頷いて私の腕を取った。
「まあ子がいるしな」
「そう?」
 先生は何となく釈然としない顔をして父さんの顔を見た。学校にいる時とはちょっと違う、少し恐い顔をして父さんを見ていた。

 父さんと二人での帰り道、私は父さんにその事を聞いてみた。
「それは、先生はまあ子にやきもちを焼いていたんだろう」
 やきもち? あんまりにとんちんかんな回答に私は父さんの顔を見上げた。
「白川先生が父さんの事を好きってこと?」
「そうだよ。先生は僕の恋人なんだよ。あれ? まあ子に言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたよ、そんなの」
 大人は時々、とんでもない秘密を抱えている。
 先生と父さんが付き合ってるなんて考えてみた事もなかった。先生がお母さんならって想像はしていたけど、あれは全然、別の話だ。
「父さん、ケイコちゃんに会いに行ったんじゃなかったの?」
「そうだよ。昨日はケイコちゃんちに泊めて貰った」
「それで今日は先生の所に行ったの?」
「今日、家庭訪問だっただろ。すっかり忘れてたからさ。どんな話をしたのか聞きに行ったんだ」
「でも、どうせ、私の事なんて忘れて、先生といちゃいちゃしてたんでしょ」
「そりゃあね。好きな女性が側にいたら男はいちゃいちゃしてしまうものなんだよ」
何を偉そうに……!
 私は手をつないで歩く父さんの靴のつま先をサンダルでえいっと踏んだ。
「いたたっ。何をするんだ」
「家庭訪問を忘れた罰だよ」
「まあ子も先生にやきもちを焼いてるのか?」
 何にも分からないでそんな風に言うから、私はもう一度力いっぱい、父さんの靴を踏んだ。
「こらっ! まあ子、止めなさい!」
「父さんが悪いんでしょ!」
「もうっ、まあ子も段々と女の人みたいになってくるね」
 当たり前よ、私だって女だもん。
 そう思いながら、私は父さんの手を掴んで走り出した。父さんが慌てたように声を上げて後ろをついてくる。風が耳のすぐ側を駆け抜けていく。
「まあ子、まあ子!」
 私を制止する父さんの声がする。私は構わず、家まで全速力で走り続けた。

                                      了
作品名:父の恋人 後半 作家名:有島そうき