「哀の川」 第三十一話
翌朝何もなかったかのような顔をして、二人は帰ってきた。理由は聞かなかった。杏子も純一も顔をじっと見ただけで聞かれないから言わなかった。間もなく新神戸の駅まで純一が車で送っていった。両親も一緒に来ていた。土産を持たせて、父親は名残惜しそうに話した。
「杏子、いまさら変だが、自分の幸せを見つけてくれよ・・・帰ってくるのはいつでも構わないけど、俺達のことより自分のことを先に考えていいんだから・・・俺の娘だから、お前は。幸せになって欲しい・・・」
「父さん・・・ありがとう。母さんと仲良くしてね。私は東京でしばらくは楽しく過ごすから。ひょっとして良い縁があるかも知れないし。心配しないで。それより純一を頼むよ。浮気させないように見張っててよ!」
「杏ちゃん!何を言うんだよ・・・しないよ、絶対に」
「さあ、どうだか・・・モテ男クンだからね、ハハハ・・・、じゃあ行くね。元気で・・・バイバイ~」
杏子は改札を入っていった。姿が見えなくなるまでずっと手を振って三人は見送っていた。もう杏子とは愛し合えない・・・そう純一はその後姿にはっきりと見た。いや、杏子が見せたのだった。
作品名:「哀の川」 第三十一話 作家名:てっしゅう