約束~リラの花の咲く頃に~・邂逅編Ⅱ
向こうから、女官たちの一団が現れた。
ゆうに十数人いる若い女官を引き連れ、年配のベテラン女官が先頭に立って歩いてくる。
―一体、何事?
莉彩が眼を瞠っていると、集団は次第にこちらへ向かってくる。
ほどなく、莉彩は大勢の女官たちに囲まれた。
莉彩は、ただ茫然としているしかない。一体、これから何が起ころうとしているのか皆目見当もつかない状態だった。
莉彩をぐるりと輪になって囲む女官たちから少し離れ、年配の女官が立っている。
「あの、これは」
莉彩が物問いたげな視線を向けると、ベテラン女官が紅を塗った厚い唇を歪めた。
「そなたは、女官の臨莉彩か?」
「はい」
莉彩が頷くと、中年の女官は鼻を鳴らした。
内心、ムッとする。幾らベテランだか何だか知らないが、いきなり現れて、この馬鹿にした態度はあまりにも失礼ではないか。
「私は金大妃さま(キムテービマーマ)にお仕えする孔(コン)尚宮だ。大妃さまがそなたをお呼びゆえ、至急参るように」
孔尚宮が顎をしゃくると、莉彩を取り囲む若い女官たちが近寄ってくる。両脇から腕をがっちりと掴まれ、莉彩は悲鳴を上げた。
「何をするの!」
「連れておゆき」
孔尚宮のひと声を合図とするかのように、莉彩は女官に拘束され、そのまま引きずるようにして大妃殿に連行された。
「止めて、放して、放してよっ」
莉彩は渾身の力で暴れたが、両側から押さえつけられ、なすすべもない。二人ともに、か弱い娘の力とは思えないほどの腕力だ。
とうとう大妃殿に着き、大妃の前に引き出されることになってしまった。
大妃の居室は、実にきらびやかに飾り立てられていた。座椅子の背後には、満開の梅の花と鶯を描いた見事な衝立があり、不老長寿を象徴する桃の鉢植えを玉で細工した置物など、とにかく綺麗なもので溢れている。
派手好きな性格を物語るかのように、化粧も濃く、手には幾つもの大きな指輪が嵌められていた。
莉彩を引きずってきた女官たちは、大妃の前に莉彩を放り出した。いきなり手を放され、莉彩はしたたかに腰を打ちつけてしまう。
思わず小さな呻き声を洩らした莉彩を、上座に座った大妃が冷ややかな視線で眺め降ろしていた。
「大妃さま。これは、いかなることでございましょうか?」
莉彩は痛む腰をさすりながら、それでも端座する。平伏しながらも、凜とした声音で問う莉彩に、大妃の柳眉がつり上がった。
「何と生意気な娘か。殿下のご寵愛をお受けしたからとて、そなたはまだ位階も持たぬ、いわば一介の女官であるぞ。正式な側室でもない者がかような怖れ気もない物言いをするとは、何と末怖ろしい」
莉彩は予想外のなりゆきに、絶句した。
「たかだか数度、殿下のお褥に上がったからと申して、思い上がるのもたいがいにするが良い」
大妃の声が怒りにわなないている。
莉彩は、たまらず顔を上げた。
「大妃さま、何かの間違いにございます。私は国王殿下のご寵愛を受けてなどおりませぬ」
「この期に及んで、偽りを申すというのか! 大殿付きの劉尚宮からも既に報告が参っておる。殿下が何度か臨莉彩と申す若い女官と共に夜をお過ごしになっているとな」
「そんな―」
莉彩は言いかけて、ふと思い当たった。
深夜、王とひそかに逢ったことは確かにある。わずか二度のことではあるが、最初は空き部屋で夜明け近くまで一緒にいた。二度目は昨夜、王が忍んで莉彩の私室を訪ねてきた。
だが、二人の間には何も起こらなかった。他人からとやかく言われる疚しい問題は何もないのだ。
とはいっても、国王たる尊(たっと)い身分の人が女官と同じ部屋で一夜を過ごせば、周囲にとっては〝同衾した〟と考えるのが当たり前なのだろうか。しかし、莉彩には全く身に憶えのないことだ。たったそれだけで、王のお手つき女官だと思われては、たまらない。
が、ここで何をどう言えば良いのだろう。
王と忍び逢っていたことを詳しく話せば、王の体面や権威に傷がつく。国王が夜中に宮殿内をふらふらと歩き回り、女官と戯れている―、結局は二人の間に何かあるのではと余計に勘繰られてしまうだろう。
つまり、今、ここで何を訴えたとしても、言い訳としか受け取られないということなのだ。
莉彩は唇を噛みしめた。それでも、このまま黙っているわけにはゆかない。莉彩一人なら、傷つくほどの体面も何もあったものではないが、王にまで迷惑がかかるかと思うと、あまりに哀しかった。
「大妃さま、どうかお聞き入れ下さいませ。私と殿下の間には、真に何もございません。誓って、疚しいことなど何一つないのです」
とにかく誠心誠意言葉を尽くすしかないと思い、莉彩は同じ科白を繰り返した。
作品名:約束~リラの花の咲く頃に~・邂逅編Ⅱ 作家名:東 めぐみ