夢現
ワンルームマンションで、ベッドに寝ころんで、ため息をつく。理由などないのに、その行為が脳味噌の記憶領域をほじくりまわした。高校二年の夏を思い出して、瞼を下ろす。雑多な思い出がスライドショーのように次々と瞼の裏側に映し出されるが、少し心地よかった。
記憶の中で、僕の視線の高さがどんどん変わっていく。彼女に肩車をされて二階から見たこと。彼女と風鈴に絵を付けたこと。二人で悩みながら数学の宿題を解いたこと。この頃に、僕は彼女の背を越した。僕が幼稚園の時から、彼女は何も変わっていなかった。僕が当たり前のように変わっていったから、頼りがいのある笑顔は幼さの象徴に、僕を抱いてくれた腕は華奢で庇護欲をそそるものになっていった。
瞬間瞬間で僕は変わっていった。そして変わらない彼女に戸惑いを感じることもよくあった。彼女は、子供の身長が伸びる度に傷を付けられる柱のようなものだったと思う。その柱が生きていたら、誰だって複雑な気持ちになるのではないか。
そんな感傷に浸りながらまどろんでいると、段々色々なものがどうでもよくなってきた。あの時の僕らの思いとか、越えちゃいけなかった一線とか、そういったものがじわじわとベッドに溶けだしていくようだった。
どうでもいいのに、捨てられない。捨てたって戻ってくる。彼女はきっと、そんな僕を望んでいない。やっぱり彼女の望みは叶わない運命にあるのだろう。頭の中で苦笑して、よく動かない唇で謝罪する。
それでも僕は、夢の中でいいからあの青い空をもう一度見たいと思ってしまう。奇跡など願ってはいない、妥協して夢ででもと思っているのだ。彼女を幽霊にして僕に会わせた誰かがいるのなら、この願いくらいは叶えてくれないだろうか。