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夢現

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初恋が幽霊だったと言えば、笑われるだろうか。いや、笑われるに違いない。
 あれからも僕は何となく日々を過ごした。もの凄い喪失感や悲しみを感じたわけではなくて、それが逆にちょっとした罪悪感となってのし掛かってくる。それを心地よいと感じることがあったくらいには、僕は彼女を大切に思っていたのだろう、と自分を納得させていた。
 将来に夢はない。見上げれば、青と形容したくはないような微妙な色をした空が広がっている。高校、大学を卒業して社会人になった僕には、子供の頃に見たような、灼かれるような青空を見つけることが出来なくなっていた。
 季節は歯車を回すように業務的に巡り、また夏を迎えた。昔のサラリーマンは夏もネクタイをしていたというのだから驚きだ。この暑さでそんなことをしていたらシャツの中が大変なことになる。
 彼女が成仏したあの年から、ぼうっとすることが増えた。どこにも焦点を合わさずにいたら、彼女がひょっこりと出てくるんじゃないかと思っていたのかもしれない。そう望むことがなくなっても癖は抜けず、未だに同僚にしばかれることがままある。
 生きた人間と幽霊。そんなカップルがこの世に存在するわけはない。そもそも幽霊自体が存在していない存在なのだ。……だから、僕は言えなかった。
 僕が手を伸ばしたら、彼女はきっとあの白い手を絡めてきただろう。甘い言葉を漏らしたら、照れながら復唱してくれただろう。そんなことは分かっていた。だけど、本能が境界線を越えるなと叫んでいた。僕はそれに従ったのだ。
 彼女の最後の約束は叶うわけがない。なんてったってあり得ない。奇跡を信じるには僕は年を取りすぎたし、奇跡よりも平穏や怠惰を望んでいた。埋まりきった記憶や感情を掘り起こすエネルギーはもう、ない。
作品名:夢現 作家名:さと