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怪談

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 恐ろしかった。少女は頭から血を流して倒れていた。芝生なら良かったものの、不幸な事に、使われなかった金属パイプが下に積んであったのだ。彼女は少女の死んだ姿をまんじりと見つめた。この土砂降りにピクリとも動かない。やはり死んだのだ。その瞬間、今までにない程の大きな雷が、目の前を真っ白に染め上げた。
 彼女は後ろを振り返って目を閉じた。あまりにも目に痛かったのだ。雷が、少女の死に様が。瞼の裏には赤い鮮血と、少女の白く死んだ肌が万華鏡のように広がっていた。遅れながら、また雷鳴が耳を貫いた。それは一瞬で、永遠にも値する時間。この轟きは一生耳から消えない。彼女は目を開けた。雷の残光が部屋の中を映し出していた。
 彼女は言葉を失った。自分が今いる場所、自分が今少女を突き落とした部屋、それは紛れもなく、自分が数年前に住んでいたマンションの部屋そのままだった。しかしそんな事が有り得るはずもない。そのマンションは確かにここから離れた土地に建っており、今のアパートの隣なんかにあるはずがないのだ。第一、アパートの隣には見知らぬ一軒家しかなかったはずだ。もう彼女には分からなかった。自分が一体何処で何をしているのか。頭の中がついに破壊され始めた。目が回るようである。そんな頭の片隅で、何か良からぬものが輝いていた。はっきりは分からなかったが、その輝きは強さを増しているようだった。彼女は焦点の定まらない目をこじ開けた。部屋のドアの向こう、暗がりの向こうには何者かの小さな影が佇んでいた。何が起こってももう驚かなかった。多分、自分はおかしくなってるんだ。彼女の正気の間を縫って、か細い声が鼓膜を刺激した。
「思い出した?」
一体何を?その答えは、頭の中の輝きと共に現れた。彼女は思い出した。


 四年前のあの日、A子は出勤前で忙しく、イレギュラーにも外に出ていた大量の洗濯物を取り込むのに必死だった。そのうち、小二の娘も起き出した。彼女はそれを見つけると、「お母さんは今日早く出ちゃうからね、あんたも早く出なさいよ」と言った。娘はそれを聞いているのかいないのか、その頃ハマっていたプラントの水やりをするためにベランダに出た。彼女はそれに気付く訳もなく、せっせと洗濯物を取り込んでいた。娘の方は、まだ背が低かったので、ちょっとした脚立の上に立って水をやっていた。ルンルンである。
 彼女の方は出勤の時間が迫っていたため、とにかくさっさと仕事を終わらせたかった。無造作に衣類を掴んで、乱暴なまでに部屋の中に引きずり込んだ。その時だった。彼女の腰の辺りが、ボンと小さな娘に当たったのだ。娘は脚立に乗っていた。もちろん、ほんの少しの振動でバランスを崩してしまう。腰に何か当たったような気はしたのだが、彼女はそんな事など気にも留めず、多分娘は部屋にでもいるのだろうと思ってベランダを閉めてしまった。だから、彼女がそのまま落ちていったのも、その時に発せられたか弱い悲鳴も、分からなかった。彼女はそのまま出勤先へと行ってしまった。娘が無惨な姿で発見されるのは、それから半日も経ってからだった。


 自分が殺したのだ。
 どうする事も出来なかった。泣く事も、叫ぶ事も。全てはこの雨に飲み込まれてしまう。こんな事実、雨で跡形もなく消してもらいたい。だから今まで思い出す事もなかった。逃げていた。どうする事も出来ない。
 目には雷の影がちらついていた。耳には雷鳴の残響が響いていた。その目と耳で、彼女は部屋の向こうに立つ影を凝視し、その声を聞いた。
「思い出した?」
 影は消えた。部屋もいつの間にか、何の変哲もない空き部屋に変わっていた。外は相変わらず雨が降っている。それでも、さっきまでよりは弱くなっているみたいだ。震える体を無理に動かし、恐る恐る窓から身を乗り出した。何も無かった。あの子もいなかったし、鮮血の痕だってどこにも残っていなかった。彼女は体を元に戻し、そこに座り込んだ。不謹慎だとは思いつつも、自然と笑いが、小さな笑いが込み上げてきた。
 一体何だったのか。夢か、それとも現実か。彼女には分からなかった。
 はっきり分かることは、今夜の雨は酷かったということ、それだけ。耳の中ではゴロゴロと、まだ雷がうるさく鳴っていた。
作品名:怪談 作家名:T-03