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ゴールドベルクとキンモクセイ

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 長い旅の終わりに奏されるアリア。最初に現れたアリアが再び奏でられる時、僕らはそこに何を聴くのだろう。人生の無常か、それでも変わらないものを見つけるのか、あるいは固執か。しかし一つだけ、誰もが自らの終焉をそこに重ね合わせるようになる。最期の時に奏でられるアリアは、現世の執着から自分を解き放ち、次なる来世への希望を歌うものなのだろうか。だが、次の一歩を踏み出す自分は、もはや前までの同じ自分ではない。『ゴールドベルク変奏曲』は、そのアリアが演奏されればまた何度でも復活を遂げる。だがやはりそれも、同じ『ゴールドベルク』ではない。

 「ショー・マスト・ゴー・オン」人生という長いショーは、途中では取り返しがつかないが、それでも続いていく。全てが何度も何度も、ちょっとずつ形を変えながら続いていく。それはキンモクセイも例外ではない。このけだるい香りも、いつまでも同じということはない。
 僕は気が付かなかったのだろうか。いや、気付きたくなかったのか。それが現実だったとしても、顔を背けてさえいれば、逃げおおせられるものだと誤解していたのかも知れない。
 キンモクセイの香りは絶え間なく僕の鼻に流れ込んで来た。甘い香りの向こうに、人肌の匂いがした。僕は、それが紛れもなく宇宙の匂いだということを知っていた。また一年が過ぎたのだ。
 どこかでガキの泣いている声が聞こえてきた。遠くでは犬の遠吠えが響き渡っていた。何の変わり映えもしない、夕方のありふれた日常。
 頭の中ではアリアが流れていた。ゆっくり、静かに。家に帰ったら、もう一度ちゃんとCDを聞き直してみよう。