ドラゴンの目
この国では、王子が十八になったら、自分の勇敢さを証明する為に、狩りに出なければなりません。より大きな獲物をしとめてくることが、次期王の証とされていました。
王子様も一人で森に向かいましたが、野兎や小鳥を見かけると、
「君達の住処を騒がしてしまったね。儀式が終わるまで隠れておいで。決して人に見つかってはいけないよ」
そう声を掛けていました。
ところが、動物達は逃げるどころか、王子様の足下にまとわりつき、一生懸命ある方向へ連れていこうとします。
「小さな者達、私を何処に連れていこうというのだい?さあ、お行き。恐ろしい手が、君達を引き裂いてしまうかもしれないよ」
追い払っても戻ってくる動物達に囲まれ、王子様はどんどん森の奥深くに入っていきます。
日の光すら届かない、奥の奥まで来た時、王子様の目の前に、洞窟の入り口が現れました。入り口には、森中の動物達が集まっていて、皆、じっと王子様を見つめています。
王子様は不思議に思いながらも、洞窟の中に入っていきました。
薄暗い洞窟の、奥の奥へと進むと、急に光が射し込んできて、王子様は思わず目を閉じました。
手をかざし、光の向こうを見ると、小山程もあるドラゴンが、じっとうずくまっています。王子様は声をあげることも忘れ、その巨体を見つめました。
ドラゴンも王子様に気がつき、目を細め、牙を剥いてうなり声をあげます。けれど、王子様は構わず近づき、膝をついて祈るように手を組みました。
「慈悲深き万物の王よ、私は幼い頃、貴方の仲間に命を救われました。どうか、私に、あの時の恩を返す機会をお与えください。貴方の高貴な体に触れることを、お許しください。もし、私が不埒な振る舞いに及んだ時は、貴方の爪と牙で引き裂かれても構いません」
王子様の言葉に、ドラゴンは首を振りあげましたが、すぐに地面へ頭を降ろすと、そっと目を閉じます。
王子様は、ドラゴンを驚かさないよう静かに立ち上がると、ゆっくりと近づいて、その体に手を伸ばしました。
初めて触れるドラゴンの体は、堅い鱗に覆われ、ひんやりとしています。王子様は慎重にドラゴンの体を調べていき、ついに、背中の羽の付け根に刺さった矢を見つけました。
「このような非道な振る舞い・・・・・・代わって謝罪いたします。貴方の身を傷つけた矢は、すぐに取り除いて差し上げましょう」
王子様は矢を握ると、力一杯引き抜きました。傷口から血が溢れ、ドラゴンはうなり声をあげて、首を振り上げます。
「万物の王よ、貴方に苦痛を与えたことをお許しください。けれど、今は私に貴方の傷口を塞ぐ時間をお与えください。それが済めば、この身を貴方に捧げましょう」
王子様は、傷口に薬を塗り、他に傷はないかと調べました。念入りに調べ、ようやく大丈夫だと納得した王子様は、ドラゴンの頭の前に膝をつき、
「王よ、私の役目はこれで終わりました。後は、貴方の御心のままに。けれど、もし許されるならば、貴方の傷が癒えるまで、お側にいさせては頂けませんでしょうか」
だが、ドラゴンは、鼻先で優しく王子様を立ち上がらせると、洞窟の入り口へと押しやります。
「分かりました・・・・・・貴方の安息を乱したこと、どうかお許しください。そして、いつかまた、この身に受けた恩を返す機会を、お与えくださますように」
王子様が、がっかりした顔で立ち去ろうとすると、ドラゴンは自分の片目を取り出して、王子様に持たせました。
「・・・・・・いけません!幼いときに受けた恩すら、私には返せていないのに、これ以上は到底受け取れるものではありません!貴方の身の一部を預かるには、私は余りに愚かで未熟な存在なのです!」
王子様は、ドラゴンに片目を返そうとしますが、ドラゴンは、そっと王子様を押しやります。王子様は、深く頭を下げ、
「慈悲深き万物の王よ、感謝致します。私がこれを持ち帰れば、私は国の王と認められましょう。私は国と民の第一の下僕となることを、貴方に誓います。私の心が惑い、道を誤ったときは、どうか貴方の聡明な瞳が導いてくださいますように」
そう言って、静かに洞窟を立ち去りました。
王子様が恐ろしいドラゴンの目を持ち帰ったことに、国中の人々が沸き立ちました。勇猛果敢な王子様こそ、次の王様にふさわしいと、口々に誉め称え、この国の行く末も安泰だと笑顔で言い合います。
王子様は、ドラゴンの目を大切にしまい、誰にも触れさせないようにしました。そして、今まで以上に本を読み、その知識をより深いものにしていきました。
王子様は、時々ドラゴンの目を取り出し、自分の迷いや心の内を語り掛けます。ドラゴンの目は何も答えず、ただそこにあるだけでした。けれど、王子様はドラゴンの目と向き合うと、不思議に心が落ち着き、自分の進むべき道を差し示してくれるような気がするのです。