父の恋人 前半
私が小さい頃、私を生んだ母がそんな父に愛想をつかして出て行ってからも、父さんの側には女性の影が常にある。
私と父さん。そして、父さんと父さんの恋人。その関係は両者とも常につかず離れずで微妙な距離感を保っている。父さんは何人もいるガールフレンドの中の一人も、私に紹介しようとはしない。きっと私が彼女達に余計な事を言うとでも思っているんだろう。
失礼しちゃう。私はそんなに無神経じゃないのに。
今日も父さんと私は夕飯を終えて、散らかった座卓の前に座ってテレビを観てる。座卓の上の食器を片付けるのはどちらの役目でもない。先に立ち上がった方がなんとなく皿を片付け、流しで洗う。それが家のルールだ。だから、食事後は二人はなかなか立ち上がろうとしない。先に立った方が負け。
父さんと私の間にはそんな暗黙のルールがいくつもある。
「そういえば、父さん、明日家庭訪問だよ」
「ああ、うん。大丈夫。ちゃんとお休みをとったから」
「先生に変なこと言わないでね」
「変な事って? まあ子は寝て起きると変な頭になります、とか?」
「何それ、意味分からない」
「髪が短すぎるんだよ。せっかくキレイな髪なんだから伸ばしたらいいのに」
「私はこれがいいの。放っておいて」
「まぁ、まあ子の頭だからね」
「そうよ、私の頭なんだから」
「まあ子の大事な頭はまあ子の物なんだから、好きにすればいいよ」
からかいなのか本音なのか、よく分からない調子でそう言って、父さんの視線はいつの間にかテレビのラブシーンに向いていた。
「けいこちゃんに会いたくなって来ちゃったな」
父は、娘の私と二人でいるのに唐突にそんな風に言い出す。いつもの事だが、変な人って思う。父さんは、私を恋人には会わせてくれないくせに、その存在を隠そうともしない。
「お仕事してるんじゃないの?」
「うん。最近、忙しいって言ってたからな。でも、会いたいな。彼女に触りたくなってきた」
おおかたテレビに触発されたのだろう。父の欲求はいつも単純で簡単だ。父の恋人達はこの人のそんなところがいいのだろうか。
「あのさ、まあ子、おばあちゃんを呼ぶから……」
「大丈夫。おばあちゃんなんていなくても一人で寝られるから。どうぞ、好きに出かけてきて」
「ホント? 一人で寝られる?」
「当たり前でしょ。来年、中学生よ。私をいくつだと思ってるの?」
「まあ子も大きくなったねぇ」
「そうよ」
「そうか、そうか」
うんうんっと頷きながら父が立ち上がる。いそいそと座卓の上の食器を雑に重ねて、流しに運んでいく。
大丈夫とは言ったものの、その浮き浮きとした様子に少し腹が立つ。
「明日、家庭訪問なんだからね。忘れないでね」
「ああ、もちろん、もちろん」
もちろん、もちろんって、全然大丈夫じゃなさそう。
父が繰り返しで返事を返してくる時は、たいてい私の話は聞き流されているのだ。
明日、学校からちゃんとメールしなくちゃ。私はそう頭のメモに書き込んだ。