ハッピーマリアージュ
ミチコの十三回忌ついでで昔なじみのタケルとカホとナカノと飲んでたら酔いがまわったナカノが「おいタケル、お前いい加減カホと結婚する気あんのかよ?」と絡みだし、笑い上戸だったカホが「なにいってんのよぉ〜」「だってお前この前……」とナカノが言いかけると「ばかもうないしょにしてって言ったじゃん〜」と泣き上戸にシフト。なんかめんどくさくなってきたな、と思っていると、黙って焼酎をちびちびやっていたタケルが「するよ、結婚」といかにも結婚指輪入ってますって感じの小奇麗な小さい箱を取り出してきて、え〜マジでっていうかカホもナカノも酔ってんじゃんタケルも酒強いくせになにイキオイでいってますみたいな体なんだよ、というツッコミもなしにそのままタケルはカホの細い左の指にキラキラ光るダイヤっぽい宝石のついたシンプルな指輪をはめた。すると驚きで涙が引っ込んでいたカホはすっごいまぶしい笑顔で「えへへ、うれしい。ありがと」と言って自分の薬指に納まった指輪を眺めてまた泣き出し、ナカノは二人を祝福しまた騒ぎ出すのでので、いよいよ収拾がつかなくなって今日はおひらきになった。
店から出て駅へ向かう帰り際に、タケルが「アキ、今日はありがとな」と言うので「今日はミチコの十三回忌だっつの。二人で幸せになりやがって」と返す。すまん、と笑うタケルはマジで男前でこいつかっこよくなったなって思うけど「アキも早く相手見つけたほうがいいぞ」と頭をポンポンしてきてテメーこの野郎。
手をつないで帰る二人を改札の手前で見送ると、隣でナカノが「うらやましいのか?」とニヤニヤするが別にそんなんじゃねーし。
酔い覚ましに一駅分歩くか、と残った二人でぶらぶらしていると、ナカノはカホからのタケルが何考えてんのかわかんないっていう相談やタケルの今更どう切り出したらいいのかっていう今回のエピソードに関するお膳立てされた話をしてくる。こいつは調子はいいが確かにそういう相談しやすいのかもな、と思うが別に今日まで自分に一言もなかったのが寂しいとかそういうんじゃない。決して。
「でもやっぱいいよな、結婚って」
「まぁな」
「しっかしお前は昔から変わんねーな」
そうか?と思う。
「あ、口は悪くなったな」
「うっせ」
「アキお前まだ恋してねーの?」
不躾な質問に黙っていると、ナカノはいきなり爆弾発言をする。
「俺たちもすっか、結婚」
なに言ってんのコイツバカ?
まずナカノとは付き合ってもいないし高校からの友人だが今までそんな雰囲気にもなってないし……。
って、そもそもオレは男なのだが。
まだ酔ってんのかよ、とも思うがあの飲みでの場面がシナリオ的流れなら酔って騒いでたのも演技だな、となると俺はナカノの考えていることがさっぱりわからなくなる。なんだコイツ。
「もう十三年経ってんだぞ、ミチコが死んでから」
「俺らもう30だぞ?タケルとカホなんて結婚までしちゃってさ」
「まだ正式に結婚はしてないだろ」
「そんなこと言ってんじゃねぇよ。いつまでお前は片思い引きずってんのって話」
「……引きずってねぇし」
俺は自分の認めたくなかった部分を見破られていることにイライラする。このナカノに。
「俺最初から気づいてたよ、お前がミチコのこと好きだったって。お前とミチコとタケルとカホは小学校からずっと一緒で、高校でミチコが俺と付き合いだしてからお前らのこと紹介されて、そん時から知ってたよ。なんか男女22だったのに割り込むみたいになって悪いなって思ったけどみんないいやつで楽しかったし。ミチコが死んでからも俺たち当たり前みたいにずっとつるんでただろ?確かに俺だって何人か彼女つくったけど、お前だって付き合ったやつもいたじゃん」
俺たちの足はとっくに止まっていた。人なんて誰も歩いていない車がたまに通るだけの夜中の表通りで、必要のない信号は点滅しっぱなしだった。
「二三年前の命日の日、俺ら四人で宅飲みしてあいつらは帰ったけどアキだけ残ってた時さぁ、お前寝言でミチコの名前呼んでたよ。そのとき俺、なんかわかんねぇけどミチコに嫉妬した。いつまでコイツのこと縛ってんだって」
「やめ」「やめねーよ。最後まで言わせろ」
辛うじて絞り出した声はナカノに遮られる。こいつが何を考えているのか、わからない。でも知りたくない。わかりたくない。
「そん時に俺、いつの間にかミチコじゃなくてアキのこと好きになってたんだなぁって思ったよ。おかしいかもしんないけど」
「それは、ぜってーおかしいよ」
「ばか、なに泣いてんだ」
泣いてねぇよって言おうとしたけど、何故か言葉が出なかった。のどもカラカラだったし、あぁ俺の体から水分が抜けていってるんだなぁ、なんて思った。
ちょっと焦ったようなナカノは、とにかくさ、と前置きしてまたべらべらとしゃべりだす。
「別に俺のこと好きになれなんて言わねぇけど、っていうか好きになれるわけねぇよな、好きだった相手の元彼なんて。ってまぁ友達としてでもさ、いやまぁ嫌いのままでもいいけど俺のことはともかくさ、もうお前ミチコのことは終わらせて早くちゃんと彼女でも見つけて結婚しろよ」
「…………」
「お前が幸せになった方が、ミチコも何ていうか、うかばれると思うよ。まぁ俺が言うことじゃないんだけどさ」
「……勝手なこと言ってんな」
するとナカノはつばを飲み込んで、しょげたような悲しそうな声で「そうだな、すまん」と謝った。
俺は怒っていた。
作品名:ハッピーマリアージュ 作家名:百瀬川