Rock Against Damn mind
「あ、これは飛鳥さんが発音が苦手ってことで手伝おうと。でも飛鳥さん数学がいいみたいだからなあ」 単語帳を仕舞う素振りを見せながら三人組の一人が返した。
「は?なんだそれ。いつもみたいに無視してんの?友達に冷たいなぁ。手伝ってもらえよ、飛鳥」
紗江は忽ち刺々しくなった。冷めた視線を飛鳥に送る。
下を向いていたが飛鳥は上を向くはめになった。紗江は飛鳥の顎を掴み押し上げて視線を合わさせた。
「止めろよ紗江。飛鳥さんが嫌がってるぞ。」
飛鳥は彼らのやり取りに何度も付き合わされ段々とうっとおしさも感じていたが数段惨めさが上回っている。妙な演技がかった空気感が飛鳥を浮いた感じにするからだ。
「ふん、何が嫌ってるって?それに・・・・・・」
チャイムななる。四人が時計をみた。そろそろショートホームルームの時間だ。今回のやり取りは長すぎたらしい。紗江は舌を打ち鳴らすと、飛鳥を一瞥して席に戻った。三人組も残念そうに席へ帰っていった。 担任が入ってきて挨拶を終えると淡々と連絡事項を述べた。
飛鳥は場に残る空気を吸いながらそれを聞いていた。
席に着き落ち着いたところで気持ちは安らぎはしない。吸った空気は油みたいに火をつけ、氷みたいに心を冷やした。火はざらざらとかすみ、冷たさは無機質でごわごわしていた。
五分もたたないうちに担任はいそいそと教室を出ていった。
時計をみると放課後まで七時間ある。飛鳥はげんなりとした。一時限の持ち物を用意し自分の席でじっと待った。
授業が始まる前いくつかのものが風を切り身体に当たるのを感じ、悪口が聞こえてきた。ものは消しゴムのかすや紙切れの塊だった。声を潜めているようでこっちに聞こえることは解っている感じだった。
飛鳥は苦しげにうめく心をなんとか保っていた。自己の喪失感が度々身体を走った。そういったときは焦燥感にくるまれ息苦しさを覚えていた。
四時限まで安らぎを刹那でさえ感じなかった。
集中力や意欲さえ削がれ授業に支障をきたした。
昼休みはまた三人組と紗江の芝居が行われた。今度は英単語を発音するはめになった。
怒りはずたずたになりながらも溜まっていく。
五、六、掃除を経て放課後になった。
そのとたんふっと気持ちに新鮮さが生まれ活き活きとした喜びを感じた。
職員室にいき担任を訪ねる。にこやかにギターを受け取ると担任は安心したように穏やかな微笑みを返した。
彼女は職員室を出ると四階を目指した。やはり、緊張が生まれ鼓動が加速した。とたんに不安と無気力におそわれたが振り払って階段を登りつめた。
軽音部の重い扉の前に立つ。完全防音で全く音は漏れていない。小さく透明な窓からは三年のバンドが練習しているところを確認できた。
拳を振り上げ扉を叩こうとしたが下ろした。毅んちよによる抑制もあったがタイミングを見計らうことに決めた。
数分待ち練習の切れ目、演奏を止めているときにドアをノックした。取っ手に手をかけ、押した。
開けると一斉に三年が飛鳥を見た。アポイントなし入部届けも出していない。 少し早すぎたなと後悔の念が込み上げた。
「二年か、今日は俺らだぞ」
リードボーカルの男子生徒が言った。
飛鳥はそういうことにして出直そうかと思った。
男子生徒は刺々しい雰囲気もなく割りと穏やかだったため彼女は押しきって口を開けた。
「あ・・・・・・、ちが、違います。実は、お願いがあるんです」
少しつかえたものの一度声が出るとそのまま口から言葉が流れていった。
「先輩たちの私をバンドに加えてほしいんです」
この一言を言った直後飛鳥は全身が一斉に熱を帯びくらくらするのを感じた。 三年は面食らった。
「ほんとに突然すみません。取り敢えず最後まで聞いてください」
ボーカルは頷き先を促した。
「私は苛められてるんです。ずっと前から。最近遂に堪えきれず先生に相談してみたんですけど何もしてくれませんでした。そこで小さい頃からギターをやっていたし、これでやってみようって思いました。・・・・・・。ここの高校に入ったのは先輩たちのバンドがきっかけです。とても上手で格好よくて。もっとみていたいなあって思ってここに入りました。」
少し声音は震え少し小さくもあった。言葉が割りと流暢に出てきていたけれどふと気になって先輩たちを伺う。じっと耳を済ましている。飛鳥は話を再開した 「この高校は地元で、私、中学からいじめられてて、いじめが続くのを承知で来ました。先輩たちの演奏をが聴ければいけるかなって思ってました。けど駄目になって。もう鬱々とした感情とか色々なのがたまってて。吐き出したい。叫びたい。そんな気持ちもあります。・・・・・・、すみません長々と」
少し目が熱くなった気がした。飛鳥はぺこりとお辞儀をした。
重々しい空気が流れている、そんな気がした。彼女は先輩たちが本気で打ち込んでいるだろうと思っていた。軽いノリもあるけれどどこか本気なところがある。主張したいことがある。 飛鳥はそんな気がしていた。
それから後悔の念を感じた。いきなり押し掛け練習の時間を奪ってしまったと思った。不自然だったかなとも思った。
「ふーん、そうか・・・・・・。まあ、たしかにびっくりしたな。でも俺たちのバンドを理由にくるとはなんというか申し訳半分嬉しいな」
ボーカルの男子生徒はにこやかになっている。他の生徒もぎすぎすした雰囲気はない。
「で、俺たちのバンドに入りたい、か。まあギターもおれがやってるしな・・・・・・。取り敢えず演奏してみてくれよ。そのつもりできたんだろ?」
飛鳥はうなずいてギターをケースから取り出した。 「いじめにロックか。案外良さそうだ」
「いじめがここにあるなんてね。あたしのクラスは平和だわ。中学から耐えるなんてよっぽど精神力があるんだね」
ドラムとキーボードが口を開いた。
飛鳥はギターの準備を終えた。
「何を弾くんだ?」
ボーカルがたずねた。
「Protest the Hero のBlood Meetです。」
作品名:Rock Against Damn mind 作家名:東雲大地