郷愁
「母が笠山さんを知ってる、って云っていたんです。笠山さんの作品は全部読んだのに、処女作だけを読みそこなったって、何度も云ってました」
笠山は美貴を昔から知っているような錯覚をしそうだと思う。確かに似ている。
「そうですか。でも、暗い話でしたからね、読んでもらわなかったことは正解だったと思っています。お母さんは、お元気ですか?」
「去年、亡くなりました。癌で……」
微かに聴き取れる声で美貴は応えた。
「……亡くなりましたか。お母さんは山科みどりさん、というお名前でした?」
「それは旧姓です。坂本みどりという名前でした」
「なるほど、あなたは坂本美貴というお名前でしたね」
目の前で涙ぐんでいる美貴は二十三だった。自分に子供があればもっと気持ちが老いたかも知れないと、笠山は思った。それから、何日か前に覚えた郷愁のようなものは、美貴の顔を見たからかも知れないと思った。
了