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アイラブ桐生 第4部 44~46

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 すこしだけ、空気に違和感が有りました。
家を離れて暮らしている一人娘が、久し振りに、
家へ戻ってきたようです。
作務衣姿の源平さんは娘の顔を見るなり、
釣竿をかついで早々に居なくなってしまいました。
表では強い風が吹いているうえに、
すこぶる底冷えのする寒い日だと言うのに、
源平さんは、あっというまに加茂川の土手の向こうへ
消えていきました・・・・



 お千代さん部屋からも、話声がほとんど聞こえてきません。
年寄り二人とお茶を呑みながら、
手持無沙汰でテレビだけを見て時間をつぶしました。
こちらの年寄りの部屋でも、さっぱりと、会話がはずみません。
用件自体はわかりませんが、なにごとか困った話が迷い込んで来たような
そんな雰囲気が濃厚に漂っています。



 「おや、来てたんだ。」


 中廊下からのお千代さんの声がしました。
お嬢さんも、その背後から現れました。
年寄り二人のそばへやってきて、ちょこんと横にすわって話し始めます。
お千代さんに良く似た面立ちで、色白で短髪の美人です。
切れ長の黒い瞳が(知性を感じさせて)キラキラと光ると、
ちょっと素敵な感じが溢れてきます
ひととおりの世間話がすむと、
こちらに会釈をしてから娘さんが立ち上がりました。
お千代さんが、低い声でなにかを話しながら、
玄関まで娘さんを見送りに出ます。
静かに、玄関が閉まる音が聞こえます。


 年寄りの部屋を通り過ぎながら、お千代さんが手招きをしました。


「坊や、今夜のお仕事は?」

 冬の間は、修学旅行も少なめでホテルはまったくの
閑散期にはいっています。
休みたいと言えば、簡単に何時でも休めますと答えたら、
じゃ今晩は、あるところに出かけるから、
6時にもう一度来てくださいと言われました。
いえ、若い人たちとただ行き会うだけで、他には意味は有りませんと、
お千代さんは笑っています。



 約束通り、6時に訪ねてみると、
もう待ちかねていたように、お千代さんが玄関に出てきました。
先斗町を抜けて、木屋町通りに向かう小路の途中に有った、そのお店は
町屋を改造して造られた、かなりの格式をほこる京料理の老舗でした。
お茶屋さんが点在するこの界隈には、ほとんどが町屋造りばかりで、
よく似たような屋並みばかりが、小路に面してつづいています。
民家とお茶屋の見た目の違いは、、
二階の軒先から吊るされた簾(すだれ)の様子と、
通りに面して仕付けられている洒落た手すりと欄干だけです。


 玄関まわりには、ポツンと明かりがひとつだけが灯されていました。
玉砂利を敷き詰め、小植裁が置いてあるだけの玄関先には、
薄暗がりの中に、ただただ静けさだけが漂っています。
女将が直々(じきじき)に案内をしてくれました。
綺麗に障子が締め切られた長い中廊下を渡っていくと、奥まったところに
そこだけに、明かりの灯った障子が見えました。
10畳ほどの部屋には、香がたかれ花のある床の間がついています。
娘さんたちは先に到着をしていて、同じような年齢で、
緊張した面持ちの背広姿の青年が、きっちりと膝を正して座っていました。



 「今日は娘に請われて、お顔をみるためにだけ参上をいたしました。
 楽にしてください。
 わたくしも、こんな若すぎる連れがおりますので、
 今日は早めに帰ります。」


 なにか言いたそうな娘さんを、お千代さんが目で止めました。


 「お話はすべて、この子から伺いました。
 可愛い一人娘に、跡取りの一人息子の縁談話です。
 縁談ごとでは、これ以上はないと思われるほどの、
 最悪の組み合わせです。
 たしかに一筋縄では進みません。
 でも、可愛い一人娘と、未来のお婿さんのためです。
 なにか、良い知恵でも考えましょう。
 私も貴方と同様に、まずはこの子の幸せのことを、
 第一番に考えます。」


 お千代さんが、そう挨拶をしてから、酒と肴の注文を始めました。
見る間に、あれやこれやと、たくさんの品数を発注しはじめています。
あらら・・・・早くに帰る予定のはずでしたが、
一体どうしたことでしょう。
もしかしたら、長居することになるのでしょうか・・・・