夜になってから蝶は舞う-DIS:CORD+R面-
歓喜の歌が響く夜
「ああーところであの蝶々共は確か『遺産』を持っていたな。なんだったかね?」
レヴィンは会議場を後にする車の中、前に座る秘書に、流れる景色を見ながら聞いた。
「リヴァーダ族の、『遺産』ですか・・・えぇぇ、
リヴァーダの、ディスコードは、確か 鋲付きの『首輪』ですね」
淡々と答えるだけ。
「はははっ。首輪。そうだった、そうだった!首輪だ。リヴァーダ・・・お似合いだよ」
『遺産』と呼ばれるモノ。それは正式にはディスコードという。
ディスコードはこのルヴァース世界に存在する忌まわしきモノだ。
総称してディスコードと呼ばれるがリヴァーダ族が持つソレは『首輪』という体を為しているし
「文字の書いていない本』や『邪を写す箱』や『鳴き喚く車輪』など聞いたところで
よくわからないモノもある。
そんな風に様々な形をして存在するがその多くは負の物体でありいろんなマイナス要素を齎している。
大地を食物の類いを作れなくしたり、湖や川を干涸びさせり、中にはそのディスコード自体に魅了され
どうしてもそれを手に入れ、あわよくば抱きかかえてベッドインしたくて戦争を起こす、なんて
こともあるらしい。
常に毒性の気体を放出して近寄ることすらできないような『巨大なキノコ』なんてモノもあるが
それは単にそうゆう毒キノコなんじゃないか、と思う人が多数だ。
しかしそれぐらい何か得体の知れないモノや出来事が負の要素を持って存在すれば
それはたちまちディスコードの仕業である、となる。
ひげ面の泥棒顔の男を見れば『何か盗られるんじゃないか?』『いや、もう盗られたんじゃないか?』
『そういえば昨日からお気に入りだった鞄が見当たらない』『この男の仕業じゃないか』
という風に怪しいと思ってしまうと何かとそれにすべてを押し付けたくなるのが心情であり
それはこの世界の多くの種にとってもそうだ。
だけど、その物体・ディスコードと呼ばれるモノがどこからいつやってきたのか定かではなく誰も答えを持っていない。
そのディスコードが本格的に発動すれば多くの種の生存が危ぶまれる程の飢饉が訪れるし、
起きなくていい戦争が起こり猜疑心が生まれる。
この世界を不協和音へと導く災厄の遺産。それがディスコード。
ということだけはかなりの低年齢から教え込まれる。そして一般常識だ。
過去多くの種が破壊を試みたが成功した者はいない。そしてその行為によって滅亡した種の記録が残るだけ。
あらゆる種に取って忌み嫌い消去したいモノではあるがうまく扱いつき合っていくしかこのルヴァースで生きて行く術はない。
そんな様々なディスコードが種同士のチカラ関係と合わせてこの世界の拮抗を保っていると言っても良い。
ディスコードを所持する種はそう多くはない。
そうだ。さっき『本格的に発動すれば』と言った。
つまり今、その負の遺産ディスコードは発動せず眠りについている状態。かれこれ52年の眠りだ。
若い世代にとってはディスコードの脅威などといったことは『お話』の中でしかなくただの物語。
伝説の騎士の話を聞くのと同じ感覚だ。
「しかし、ディスコードを固有に所持するなど酔狂なヤツらだ。」
「・・・人類種も多様なディスコードを所持しているではないですか・・・」
「はははっ。まあそうだな。アレは厄介だが取り扱いをうまくすれば何かと便利だ。
私が言いたいのはあの忌々しい蝶々共もそれをわかっているということだ。」
レヴィンの視線はまだ窓の外のままだ。
その外の通りには様々な種が歩いている。屈強な腕に生える黒い羽毛が風で揺れるゴド族。
猿のような顔をして頭はモヒカン、体毛に覆われ牙を向いて笑うノイ種。
透き通るような青白い肌に白い衣を纏って優雅に歩くルーリア族・・・
世界の中心とされる地は国際会議中とあって各国・各地域の種族がいつもより多く入り乱れている。
そのどれもに睨みをきかす老いた目。その中身は憎悪に満ちていた。
そして世界の頂点に君臨し亜人種達を虐げたいという野望。
「まあ蝶々共もそろそろ大人しくはしとらんだろう。今日の演説でも明らかだ。
進めよう。アンディフロイデにいる者達に伝えなさい、決行の時だと」
レヴィンの言葉に秘書は小さく頷くだけ。
この世界の生態系を変化させようと今日も躍起だ。
それが日常だ。
アンディフロイデ・クロウズ。
このルヴァース世界最大の湖。遥か上空から見ると綺麗な十字の形をしている。だから十字湖と呼ばれたりもする。
黒く、どこまでも深く底がないような色を見せたり美しい青に輝いたり、ワインレッドに変化したり・・・オレンジに発光したり。
様々な表情をこの湖は見せる。
この湖にもディスコードが沈んでいてその影響だと言う者もいる。
裏付けるようにこの湖には一切の生物が生息していない。
しかしこのアンディフロイデこそが最初に生物が誕生した場所、生命の起源だと大昔から伝えられている。
それが本当かどうか確かめる者はいない。誰もそのことが真実かどうかに興味なんかないから。
この湖の特異な性質と生命の起源説をうまく宗教的に利用することの方がとにかく大切だ。
なんだって利用できるものはする。それが重要なんだ。
もちろん一番重視しているのは人類種。
だからこの湖があるフォルストレアという大陸に大多数の人類種が居住する。
母なる湖を手に入れたくて。手に入れた気分で。
それともうひとつの種。リヴァーダもこの十字湖を重視している。聖地と呼んでいる。
彼らはこの湖から誕生したと信じられているからだ。
リヴァーダはこの湖の北東辺りにその領域を構える。
かつては大きな領域だったが人口減少に伴い縮小を余儀なくされた。
もちろん周りは人類国家ばかり。
「了解。今夜決行する」
アンディフロイデの北部。数十名の人類種。伝達を受け応答。
人類種の夢のためソノ作戦は決行される。
リヴァーダ族の大罪をその手に収めるため。不協和音を世界中に響かせるために。
湖は深い藍色。決行にはいい色、らしい。
作品名:夜になってから蝶は舞う-DIS:CORD+R面- 作家名:リナ@RPA