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空野 いろは
空野 いろは
novelistID. 36877
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安全な戦争

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一章



 水筒の水を口に含んだ。飲んだ時にはどんな毒が入っているかもしれないとは思わなかった。砂
漠で渇いたのどを、何としてでも潤わせたかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 今俺は、砂漠を歩いている。
 司令部とは音信不通だった。どうやら骨伝導の通信機が故障してしまったらしい。耳の裏側なん
てそうそう傷を負わないはずなのだが、触ってみると血が止どめもなくあふれてきた。俺は軍服の
袖をちぎり、そこに充てて止血をした。
 水が足りないせいか、血もどこかどろどろとしていて、これはずいぶんと健康に悪そうだ。健康
を気遣うなんて戦場ではやらないことだが、基地では健康ドッグを受けろと通達が来る。全く、お
かしな話だ。
 俺は今こうして死のうとしている。このまま当てもなく歩き続ければ、干からびて死んでいくだ
ろう。容赦なく照らす太陽も、肌から水分を奪い、焦がし続ける。日本の夏はじめじめとしていて、
長袖シャツを着る奴なんていない。汗で肌に引っ付き、不快なことこの上ないからだ。しかしこの
ような砂漠で肌を布で覆わないことは、死につながる。風が吹いただけでも地面にある細かな砂粒
が肌を容赦なく嬲る。太陽からの熱も加わり、肌は荒れ、表面にある血管が水膨れのように膨れ上
がって血が出てくるだろう。
 俺は夜通し歩き続けた。今は昼で、岩の陰で休んでいるが、俺の体力ももはや限界らしい。視界
が揺らぎ、手足の感覚がない。水筒の水は今ので切れちまった。呼吸もやっとしているといった感
じだ。腹が上下に動くのをじっと見つめている。
 俺はここで死ぬのか? こんな風にじわじわと、大自然の中で拷問にかけられながら死ぬ。仲間
を見捨てて戦車から這い出した身にはお似合いの死に方かもしれない。爆炎であっという間に死ね
ない代わりに、俺は仲間を見捨てたこと、ゲリラ兵を数多く殺したこと、日本で家族を殺したこと
を含めて……。
 戦闘というものは、今や効率的に行われていることが主流になっている。兵士が死なないように、
様々な無人兵器が開発されている。もちろん、国軍の無人兵器は非常に高い。しかし戦場で兵士が
死ぬリスクに比べれば、長期的に見て安価なものだ。無人兵器は最終的に、人がいなければ使うこ
とができない。コンピューターが自発的に動くAIというものは実際にはあるが、メンテナンスを
する際は人の手が必要で、命令を与えなければ動いてはくれない。所詮は意思を持たない二進数の
集まりだ。問うことはできない。
 だが俺は、高価な戦車や無人兵器をなくしただけにはとどまらず、仲間を殺してしまった。部下
を持つ車長という位につきながら、何もできずに逃げ出した。
 そして俺は、何もかもを背負って、だんだんと死に近づく。
 さっきのライダーが水筒をよこしたのは、こういうことだったのだろうか? 死ぬ前に今までの
人生をじっくり考えながら死んで行けと言ったのか? 銃弾を一発、眉間に打ち込むよりも、たっ
ぷりと時間をかけて朽ちて逝けということか?
 この砂漠で生きることに関して素人の俺は、一夜を過ごすのがやっとだ。そこまで計算づくだっ
てことかよ。ふざけやがって。馬鹿にしやがって……。
 眠気にも似た微睡が視界を覆う。手も足も動かない。
 俺はこのまま意識を手放した。もう苦しい思いはたくさんだ。これで終わるなら、それでいい。
俺は完全にまぶたを閉じ、今の世界と別れを告げた。

作品名:安全な戦争 作家名:空野 いろは