ウリ坊(完全版)
HOT(ウリ坊)
おいらはウリ坊なので、当然体中が毛だらけである。トレードマークは
背中の縞らしいが、その模様を当事者が「ああ、背中の縞の上から
二番目辺りがむずかゆいな」などと感じ取れるはずもない。また、
鏡で確認するのも妙な話だ。
何故こんなどうでもいいことを考えるのかというと、外が寒かった
のである。普段は忘れている毛皮の存在を切に感じるのだ。
おいらはバー(らしい)のカウンターに腰掛けて足をぶらつかせ、
時折寒気を感じて震えた。絶望的に足が床に届かない椅子がかたかたと鳴る。
風邪引いたかな?
「マスター、ホット二つ」
隣で恵が注文をする。恵においらの意志を確認しようと言う気持ちは無い。
もういい、慣れた。
カウンターの向こう側から今年の春が空気を伸ばしてきて、おいらの
首根っこを掴む。あっという間もなくレンジに放り込まれ、電気で蒸された。
チーンという音と共においらは椅子に戻される。
「うう、あったかくてクラクラするよぉ」
呻くと、冷えたコーヒー牛乳を出してくれた。キャラメル色に染まった
コップに、丸く可愛い水滴が流れ落ちていく。慌てて礼を言い、コップに
食らいつく。ジュースが蒸し蒸しの喉や手を冷やしてくれる。
恵が立ち上がった。
「レンジはどうだ」と今年の春が朗らかに言う。
あーあ、馬鹿だなぁ。あの人に冗談は通じないよぉ。
思った通り、恵は「レンジはどうだ」を掴むと踏んで、洗面器を頂戴と
言った。
ちくしょう、「」がないと掴めねえと今年の春が悔しげに口にする。
投げやりな態度で洗面器を恵に渡した。恵は店の奥に消える。
十分後、恵は温かな空気をまとわりつかせながら現れた。白く透き通った肌が
珍しく上気している。無表情ながらも機嫌良さげにマスターに言う。
「寒い日はやっぱりホットですね」