銀と黒との狭間で
―2―
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
陽介と雪子を見送ると、車に戻る。
「お疲れ、いつもすまないな 悠」
「大丈夫だよ堂島さん」
運転席から叔父の遼太郎と話しながら悠は黒のカツラとカラコン、そしてメガネをはずす。
現れたのはきれいな銀髪と銀の瞳。
これが悠の本当の色だ。
悠が陽介の執事になって2ヶ月が経とうとしているが、そもそも悠は陽介に仕えるために花村邸に来たわけではない。
目的は陽介を護るためのボディーガードになることだ。
きっかけは2ヶ月前。4月の始めのことだった。
居候している堂島家の主、遼太郎がなにかしら神妙な面持ちで悠を呼んだ。
『どうしたんですか、おじさ…』
『すまないっ悠!』
『はぁ、なにがですか?』
『執事に、興味はないか…?』
『・・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・・・・』
『いや、ほんとに悪いんだが、お前にある人の執事を1年間してもらいたいんだ』
そういって頭を下げてくる叔父をみて、悠は最初は気が狂ったのかと思った。
その後聞いた話をまとめればこういうことだった。
2月末から花村グループに脅迫状が届き始めた。
最初は『今すぐ潰れろ』などといった幼稚なものであったのが、段々陰湿なものに変わり、
ついに1週間前に『これ以上繁栄させるのならば、息子の命は無いものだと思え』という脅迫状が来たのだ。
『警察でも調査はしているが、さすがに花村陽介君の身の安全をそばで護ることはできない』
『なぜ?』
『せっかくの高校生活を不安にさせたくないという社長の頼みがあってな、陽介君には脅迫状のことを知らせていないんだ。
だから誰か適任者はいないかって話し合ってたときにうっかり足立がお前を推薦しちまったんだよ』
おのれ足立。
と思わず言いたくなったが、推薦されたのは仕方が無いのかもしれなかった。
悠の両親は世界的に有名な科学者だ。
もちろん彼らの研究を狙う輩も多く、悠は危険にさらされても1人で対処できるように小さい頃から遼太郎に護身術を教えてもらってきた。ぶっちゃけ銃の扱い方も完璧にしている。
そんな悠はボディーガードにうってつけであることは悠自身納得できた。
『どうしても無理だったら断ってもいい。お前にも自分の生活があるからな』
気を使ってくれるのはうれしいが、悠が断ればまた別の人材を探さなくてはいけないのだろう。
悠は腹をくくった。
『わかったよ叔父さん。やってみる』
『本当か!』
『ただし、俺 変装するんで』
『は』
『変装。執事の鳴上悠と日常の鳴上悠は別人。そう割り切ったほうがやりやすいから』
やると決めたからには執事になりきるつもりだが、自分が素でニコニコと頭を下げて人に仕えられるとも思っていなかった。護りながらともなればもっと無理だ。
こうして“黒髪・黒目・メガネ”の執事、鳴上悠ができたのだ。
「今日も動きは無かったな」
「油断は禁物ですけどね。」
結局心配だったらしい遼太郎は運転手役として動いていた。
いつも陽介と雪子をお見送りしたあとは、悠を学校まで送ってくれている。
燕尾服を脱いで陽介たちのようなブレザーではなく、学ランに袖を通す。
そうしてみればあっという間に彼はいつもの鳴上悠に戻っていた。
「あー、やっと俺に戻れた」
「もうすぐ着くからな。準備しておけ。
今日は5時にはまた門の前で待っておいてくれ」
「わかってる 今は仕事の話しないでください叔父さん」
「はは、そうだな。お前も青春を謳歌してこい!」
「なんか言い方古いですよー いってきます」
そういって車から出る。
学校に入れば悠も普通の学生だ。
(あと10ヶ月。せっかくだし執事も楽しめばいいか)
そんなのんきなことを考えている悠だったが、
そう遠くない未来、この生活があっさりと壊れることになることなど、
…自分がが許されることのない恋に落ちるなど
想像もしていなかったのである。