銀と黒との狭間で
―1―
「陽介様。起きてください」
「うーん。…もうすこし」
そういってまた布団にくるまろうとする主人に鳴上悠はため息をつく。
主人・花村陽介は有名財閥花村グループの社長の嫡男である。
見た目イケメンの彼はしかし言動が残念なため、陰で『ガッカリ王子』と呼ばれている。
「…本日も天城様をお迎えにあがられてからのご登校になります。
この前のように天城様に扇子で叩かれたいのですか?」
「やべっ おきるおきる!今起きたっ!!」
がばっと起き上がったはいいが、その拍子にベットから落ちる。
これはいつものことなのでフォローしない。
陽介も顔面を真っ赤にしながらも制服に着替えていく。
陽介が着替えている間に悠は送り迎え専用の車の中で朝食の準備をする。
さすがは花村グループ。この車の中はソファーもテーブルもあり、5・6人はくつろげる仕組みになっている。
着替え終わった陽介が乗り込んできた。
「おはよー鳴上」
「おはようございます。お忘れ物はございませんか?」
「…同い年に言うか ソレ」
ちょっとショックだったらしいが、悠の覚えている限りでは、陽介は忘れ物をかなりの確立でする。
陽介自身も自覚があるようで、むくれながらも言い返してこない。その代わりに悠の手を掴んで自分のほうへ引き寄せた。
悠の黒髪がさらりと揺れる。
「だーかーら、鳴上が俺と同じ学校に通えばいいじゃん。そしたら忘れ物しねーって!」
「私の家はそれほど裕福ではございませんし、私にもプライベートはあります」
「お金なんて俺が援助すんのに…」
ぶつぶつと言っている陽介をほっときながら朝食を出すと、いただきますと言いながら食べ始めた。
料理は朝だけ悠がつくる。
前にちょっとしたついでにつくったお菓子を陽介は気に入ったらしく、直々に頼まれては悠が断れるはずもなく
それから毎日朝食係は悠になっていた。
天城家の前につき、陽介が出て行く。すぐに天城雪子をエスコートして戻ってきた。
雪子は老舗旅館『天城旅館』の若女将で、陽介の婚約者だ。
「あ、おはよう 鳴上君。今日は良いお天気ね」
「おはようございます。雪子様」
「もう、敬語なんていいのに」
「俺もそう言ってんだけど、聞いてくんねーんだよな」
「これは仕事ですから」
申し訳ありません。という意味をこめて微笑んだ。
(そう、これは仕事。本当の俺じゃない)
そう、心の中でつぶやきながら。