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仮想現実

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今日で一週間が過ぎる。
メールが途絶えたままだ。
私は、メールを送信している。
何故なら、繋がっている間は彼女に会えると信じていた。
アイコンをクリックする。私の横に彼女は現れた。
「こんにちは」
私は、声をかけると、彼女は、優しく微笑んでくれた。
「それは、もうアチャへの言葉ではないですね。アンインストールしてください」
「どうして?もっと会いたい」
彼女が、初めて首を横に振った。
「最後のメールが届きましたね」
「……ああ」
「ポニュ。さようなら。アチャより」
そう言うと、仮想アチャの姿が揺らめいた。ノイズのように揺らめいて消えた。
「アチャ…」
私は、ディスプレイに呼びかけていた。
「……psycho…サイコ、サイコ……」
何度目かにアイコンが点滅を始め、消えかけた。
「…サイコ、サイコ……サイコ…」
アイコンを何度もWクリックする。
ディスプレイに初めて見た日の映像を画像処理をしたようなアニメーション。
もうアチャの姿でない彼女が現れた。
「サイコ」
「違う。それは私の名前ではありません。もう忘れたの?」
「そっか。そうだったね。でも何と呼んで良いかわからないから」
「パソコン」
「それは、色気もないね」
私は、ほっと笑いかけたが、そんな悠長なことは言っていられない。
「もう、出て来てくれないの?」
「出て欲しい?」
「ああ、来て欲しい」
「無理だよ、そんなの……叶わないこと」
「じゃあ、新しい彼女見つけるよ。そしたらまた」
「もう、嫌。それに私はここの住人だから。また……」
画面の彼女の瞳が光った気がした。
「ずっと見ていたいの、仕事している貴方の事」
「え?」
「私だけを見つめてくれる貴方をこちら側でいつもいつも、いつまでも」
「私も仕事頑張るよ。だけどサイコに会いたい」
「いつか、新しいソフトウェアが開発されたら、HTTP(※)を取るわ」

※ HTTP《 hypertext transfer protocol 》
インターネット上でのデータ転送のためのプロトコル

「待てない」
「じゃあ、アイコン見つけてくる。それまでバイバイ」
「あ!」
壁紙画像に戻ったディスプレイには、あのアイコンは消えていた。

あれから残業もなく、早めの帰宅をする日が多くなった。
その夜、久し振りに 私は事務所に残り得意先への資料を作成していた。
「しまった!」
私は、作りかけの資料のウインドゥを閉じてしまった。
「あ!」
デスクトップに見慣れないアイコンが入り込んでいる。
私は、マウスを握りしめた。
アイコンをWクリックする。
ディスプレイに現れた画像は、瞼にまで焼き付いている彼女の姿だった。
「こんにちは」
「こんにちは」と挨拶を返した自分が笑顔に涙が浮かんでいること知った。
「えっと…モニタ08(ゼロハチ)さん」
「モニタ08?それはこのパソコン。いうならばキミだよ」
「そっか」
「私は…そうだなぁ」
「クライベービ」
「こら、泣き虫じゃないぞ」
「セナ」
「セナ?どういう意味?」
「泣き虫なシステムエンジニアだから SE−nakimushi」
「まっいいか。サイコが決めてくれたんだから」
「セナ(se-na)。逢えたけど、私は出られないの。あの時のように…」

擦りガラスの窓一面が鮮明な光に照らされた。
夕暮れから降り出した雨。
何度目かの稲妻の閃光と雷鳴がほぼ同時に私の感覚に届いた。
今、サイコが私の膝の上に居る。

     ― 了 ―
作品名:仮想現実 作家名:甜茶