だまし絵の回廊の旅
1:歌姫とピエロ
空も地面もない世界。
続くのは大理石の床と天井、だまし絵の回廊だけ。
黒い棺に座る歌姫は黒に包まれていた。
黒い帽子には黒のベールが付いており、チョーカーも靴も手袋も黒。豪奢なドレスの白いレースとおなじくのぞく白い肌、薔薇を模した赤いリボンが彩りを与えている。
ピエロは口を開いた。
「随分とおとなしい観客だね」
応えた声は哀しみに満ちていた。
「皆いなくなってしまったの」
「回廊を抜けて行ったのなら、追いかけてみればいいじゃないか」
「そうではないわ。貴方は歌う場所を知ってる?」
「さあね、そんな場所は探したことがないよ。どこでも歌えるからね」
ピエロがでたらめに歌って見せても、柔らかく微笑むだけ。
優しく、造りものめいた表情。
「君は笑ってくれないね。これではピエロ失格だ」
それは素敵な思いつき。
首をかしげる彼女の手を、彼は強く引いた。
「ここから二つ先までは、僕は行ったことがあるんだ。そこから先にも回廊は続いているから、連れて行ってあげるよ」
「一体どこへ行くの?皆はここにいるというのに」
「でもここでは歌えないんだろう?」
少しの間黙りこむと、黒い棺から腰を上げる。
「子守唄を歌える場所に案内してくださるの?」
「そうだよ、ピエロは少しの間休業だな。エヘン、姫さま、これからは案内人の私めが、貴方にだけ詩人のような言葉を囁きましょう」
ピエロだった彼は、素早く帽子をマントの内側へしまいこむと、丁寧にお辞儀した。
歌姫もあの微笑みをうかべたままで、裾をつまんで返した。
先の見えない回廊の絵へ、額縁に手をかけ飛びこんだ。