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アイラブ桐生 第三部 第三章 39~40

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 大きなやかんを揺さぶりながら、澄子さんが台所から戻ってきました。
千鳥足のせいで、やかんが大きく揺れて、あやうく中身が今にもこぼれそうです。


 「そこまで言われても、まだ私が愚図愚図しているものだから、
 しまいには、商売をする気が有るのか無いのか、
 はっきりしろと怒りだしちゃった。
 それとも何か事情でもあるのかと、あいつに問いつめられた頃には、
 私は、怖さと情けなさで、ついに泣きだしちゃった。
 そしたらどうしたと思う、あのバカっ。
 今度は私をトラックの中に連れ込んで、事情が有るなら言ってみろ。
 と大きな声で耳元で怒鳴るんだ。
 恥ずかしかったけど、亭主に死なれて、
 子供を抱えたまま、精神的にも経済的にも行き詰まっていると
 正直に白状をしたの。
 そしたら、橋本の奴、今は手持ちがなくてどうにもならないが、
 一週間後にまたここに来いっていうの。
 俺の車の運転席に、準備が出来た印にこの黄色いハンカチを
 結んでおくから、それが有ったら大丈夫の目印だと思え。
 見えたら安心して、必ずやって来いっていうの・・・
 早まることはねぇ、とにかく一週間だけは待て。
 その一点張りだった。」


 まさかそんな旨い話が、とは思ったけれど藁にもすがる思いで
とりあえずは一週間を待つことにしたのと、トロンとした目つきで澄子さんが、
天井を眺めています・・・・


 「そしたら一週間後に、また橋本さんのトラックがやって来た。
 約束通りに、運転席には黄色いハンカチが結んであった。
 半信半疑でトラックまで行ってみたら、橋本が私に分厚い封筒を
 『使え』と言って、突き出すの。
 何これって、橋本に聞いたら、
 おめぇみたいな良い女は、売春婦なんぞになって、
 世の中の女性どもの敵になったりしちゃあいけねぇ。
 間違っても、世間を敵にまわすんじゃねぇ、と言うんだ」


 あれれ?橋本から「さん」が消えて、いつの間にか呼びつけになっています。


 「これで、ひと月やふた月は食えるだろうから、
 あとはゆっくり考えろ。
 明日、明後日が食えなくなると、人間は絶望的に物を考えるが、
 どんな悲惨な状況でも、すこし先まで食えるとなれば、
 それはそれなりに、なんとか元気が出るもんだ。
 遠慮しないで使え、といってくれた。
 でもどうやっても返せないし、もらっても困るからと言ったら
 俺もその気で作ってきたからには、
 なにが有ったって引き下がらないと、橋本が言いはるの。
 あたしと千華はそれで助かるけれど、あんたには、
 お礼ができないよって言ったら、
 なぁに、たまに旨い飯でも食わせてくれるなら、
 それだけで十分だ、とまた言うの。
 あれから、トラックを見るたびに一生懸命にご飯を作るのに、
 待てど暮らせど、何時まで経っても合図が出ない・・・
 やっと出たと思ったら。」


 と、酔っ払った白い目でこちらを睨んできました。
まったくの藪蛇です・・・


 「でもねぇ、あそこは最近あぶないよ。
 不良たちが組織的に、あそこで女の子を働かせて
 稼がせているっていう噂だもの。
 ・・・・そうか、橋本の奴、
 あんたを保護しておいてくれ、という、そういう意味か。
 あの野郎、小癪なまねを・・・今度会ったら、ほんとにぶん殴る」



 どうする、もう少し呑めるよねぇ、と言ってまた澄子さんが
やかんを持ってふらりと立ち上がりました。
いいえ、そろそろ戻らないとトラックと明日の朝が心配ですからと
一応の遠慮をしてみたら、すかさず澄子さんが、


 「朝の5時に、此処を出れば大丈夫さ。
 あの人も、いつもそうしているから・・・・」


 ええ?   
・・・・振り返った瞬間の澄子さんの「しまった」という顔!
大人の世界の深さを、垣間見せてもらった夜になりました。


<第3部>完 





 
<第4部>では、
 私自身に、忘れがたい多くのことを教えてくれた人たちについて
 じっくりと書いてみたいと思います
 少年がが青年になり、生きざまを重んじる大人への道を教えてくれたのが
 この先で2年余りを過ごすことになる、京都でのおおくの人たちとの出会いでした。
 では引き続きまた、第4部でお会いしましょう