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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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煉瓦は割れて段を崩している。それを飛び越える。ジイドは状況を確認していたが下りてきたシヨウの姿を見て微笑んだ。
「うわ、手伝ってくれるの?」
「言っておくけど、人は助けない」
「じゃあフリークスを止めてくれる? 傷付けないように、なるべく。説得は俺がする」
「話が通じるの?」
「わからない。でもやってみる」
更地の端で待つ。
「来る」
ジイドは目を閉じる。視覚からの情報を遮断する。
「上だ」
さきほど二人がいた煉瓦の道からフリークスが降ってきた。

人間は目の前のりんごを「りんご」と言う。動物に「りんご」という言葉は無い。他国でも「りんご」という単語が存在しない国がある。
しかしどのような言語を用いて言っているとしても、この目の前の果物のことを指して言っているのならばノス・フォールンは解るのだ。



シヨウとジイドのいる5メートルは向こうに下りた。その圧倒的な殺意は、決意は、誰も止められない。荷台へとまっすぐ走って行く。
(これが人間に復讐するという行為ならば、それは、感情の証明になるのだろうか)
「面白そう。私も仲間に入りたいな」
「シヨウ」
ジイドが素早くたしなめた。
「あ、邪魔はしないって約束しちゃったんだ」多少困った顔。「じゃあ無理か」
「いいよ、ここにいて」
ジイドは行ってしまった。
「私を、知らないなあ」
シヨウは小走りで向かう。
まずは金髪の太った男の前。次は黒髪の男。そして痩せた男。次々と近づいては何もせず、次の人間の元へ行く。まるで散歩。
近所の人間に声でもかけるように。ステップのように足取りは軽やか。
無邪気な笑み。
動きを髪が追尾。続いて腰の帯。
際立つ2本の剣。
「お前・・・」
最初は視界に入れただけの大人達も次第に苛立つ。フリークスにかかろうとする人間の行く手に先回りしている。結束は解かれフリークスとの距離は遠い。
矢が飛んでくる。一本目はフリークスの足元。二本目も逸れる。三本目。鞘のままの剣で弾く。飛んでくる方向と的がわかれば容易かった。
「お前! そこをどけ! 危ないぞ」
「あっちに聞いてよ」
目でジイドを指した。彼はここの指揮をしている人物と対峙している。
「待ってください。ここを出ていくように言いますから」
「だめだ。またここに戻ってくるという可能性がある。それでは何の解決にもならない」
「でも、彼は何も悪くない。あなた方も・・・」
「フリークスの肩を持つ気か?」
「そういうわけじゃ・・・」
彼だって理解してもらおうと最初から思っていないはず。
(無駄でしょう)
シヨウは自分が笑っていることを自覚していない。
獣の声。悲鳴に近かった。振り返るとさっきよりも人数が増えていた。隠れていた人間だろう。フリークスの姿が見えない。近くの草の間に動くもの。体が少し見えた。毛が血の色に染まっている。
人間が一斉に動く。
「待ってください!」
両腕を広げて、ジイドは人とフリークスの間に立った。
「お願いします。話を・・・させてください」
「本当に話が通じると思っているのか?」
「こいつの所為で怯えて暮らしているのだ。ノス・フォールンの考えることはわからない。本当にわからない。どうしてそう思えるのだ?」
「それは・・・」
シヨウは腹が立っていた。
(どうしてこう・・・こいつは)
人間達を見る。
(無駄だと言っているのに)
「あ」
声を出したのはシヨウ。気を取られすぎていた。一瞬ではあったがフリークスから目を離した。次に視線を戻したときに、フリークスはその位置にはいなかった。
フリークスは人間の元へ走っている。その人間は気付いていない。気付いた。でももう遅い。かわしきれない距離、そして両者にとって必殺の距離。
でもそこに既に追い付いている影があった。緑の髪が動きをトレース。重力に乗っ取って元に戻る。
ジイドがフリークスの牙に向かって腕を差し出すのを、シヨウにはわざとに見えた。
一人と一匹は地面に跪く。弱っているとはいえ、獣の口に挟まれた腕は無事では済まない。フリークスは後退の態勢をとる。しかし、猿ぐつわとなった腕を離せない。
「よ、よし、そのまま、少しの辛抱だ! 待ってろ、今・・・」
武器を構えた男の前に、刃の光の反射が下りてくる。
シヨウが長剣を向けていた。
「そもそも、赤い実を根こそぎ持っていったのが原因でしょう?」
手に力を入れる。
「本当に、自業自得」
真っ直ぐに。
「シヨウ」
人間へと。
「こういう目に遭わなければ、人は何もしない。何も気付かない」
前へ進む。
「シヨウだめだ」
無視。
「気付いても何もしない。今日を生きて明日も生きて、ただ害なだけ」
「でも、こういうことをしてもいいとは違う!」
ジイドを睨む。
「あなたには聞こえないの? この星の声が! 悲鳴が!」
「でも、シヨウが手を下すことじゃない」
目を見て彼が言った。
剣を握る手が緩む。こんなときなのにいつもの表情だった。
「それに、俺には聞こえないよ。そこまで力が強かったら、こんな歳まで生きてない」
挟まれていない腕でそっとフリークスを撫でる。頭と頭を近づける。

音。車輪が土の地面を動く音。
更地の真ん中、人が今でも通っている道。
車輪は3つ。木で出来た小さな荷台が、その道を走っている。
荷台が跳ねる度、赤い花が跳ねる。
次第に速度を増す。更地の向こうの林に向かって走る。
誰も動かない。
「う、わ」
ジイドが尻餅をつく。シヨウが駆け寄る。フリークスが走る。
荷台は林の向こうに消える。
フリークスが飛んだ、ように見えた。
赤い花。底から赤い実。羽根のように飛ぶ。フリークスも跳ぶ。
全部、林の向こうに消えた。
林の向こうには何も無かった。
全部、谷の底に消えた。


シヨウの持ち物は非常に少ない。片手に鞄。エリーの店の契約は終わった。
晴れた午後。雲が多く、速く動いている。
細い道を歩いていた。その先は谷。古びた滑車。濡れた桶。
地面の端まで歩く。柵はない。鞄を置き、両手で花を持つ。
掲げた花は放るまでもなく、風で飛んでしまう。谷へ、谷へ。
花の赤い軌跡を見ていた。
一緒に飛んでいくフリークスの姿が何度目かの再生。
「シヨウ」
呼ばれて振り返る。
輪にした布を首に通し、それに腕を引っ掛けているジイドの姿を捉えて、彼女は目を細めた。
沈黙。
「なんというか、色々本当に酷かった」
ジイドが言う。本当に正直すぎる。
「けれどありがとうと言うべきなのかも」
「どういたしまして」
お礼を言われる場面が思い出せないがシヨウは言った。鞄を肩にかけて歩き出す。
「栗毛・・・、アレシュトル、なんとか一命を取り留めたって」
「本当?」歩みが止まる。「そっか良かった・・・」
「シヨウ・・・あれはいけない・・・」ジイドは俯く。「人に、剣を向けるなんて」
それは許されないことである。
「いつもあんなことをしているのか?」
シヨウのいつもの沈黙を見て、彼の中で何かが決まったようだった。
「止める。止めるよ、君を」
「は? 何言っているの」
意味がわからない。これだからノス・フォールンは・・・と思いかけた。だけど。
長い前髪、決意の目。シヨウにはなぜかその色が落ち着かない。
その目が真っ直ぐ、見ている。
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン