仏葬花
「あっごめんね!お勘定だよね!いくらだっけ」
会計額を見に一旦中へ戻り金額を伝える。金額を受け取り、釣り銭を取りにまた店に戻る。
「へーっあそこの学生さんなんだな。最近の若者って親切だし礼儀正しいよなーって年寄りくせえ発言!俺も相当酔ってる!」
「この方とはもう長いんですか」
「んー、十年も付き合えば腐れ縁というやつになるか。こいつ酒そんな強くないくせに飲むし」
「まあ美味しいし楽しいし羽目はずしちゃいますよ」
「いやあ、いい大人がこんな醜態とかどうよ。自分に見合った量を飲めって話でさ。いい加減大人になれよ」
「はい、お釣りです。お待たせしてすみませんでした」
そう言って手渡す。「あと、これもどうぞ」
「すみません店員さん、恐縮です。ろうそくまで・・・どうも御親切に」
形見を扱うように男は大事に仕舞う。そして深々とお辞儀をするのだ。
酔った人間の行動に特に関心もなく、同じように返しておく。
倒れた男を両側から支え、またお辞儀をし、それを見送る。
しかし今度こそ確信的に緑の髪はシヨウを見ていた。
シヨウは店の二階に住んでいる。この建物はエリーの家である。一階を改装して店として、二階部分は住居。空いている部屋を使わせてもらっている。開店時間は特に決まっていない。昼すぎや昼前には開店する。したがってシヨウの起床時間も決まっていなかった。この日は昼前に起きた。一階に下りて店部分のエリーの手伝いをするのが日課だ。
しかしその日はすでにエリーの手伝いをしている者がいた。緑の髪の男だ。
「あら、おはよう」
シヨウは静かに絶句している。
「シヨウの知り合いっていうから手伝ってもらってまーす」
男を見る。奥のシンクで洗い物をしている。シヨウが見るとにっこりと笑った。
その顔がなぜかとても気に障る。
「シヨウにこんなかわいいお友達がいるなんて私嬉しい!」
とかなんとか言いながらテーブルを軽い足取りで拭いている。
「ありがとうございます。替わります」
そういって蛇口の前のスペースを入れ替わる。水が蛇口から出ている。量は適量。勢いよすぎず、だからといって少なすぎでもない、適量と言うのに相応しい量が流れ出ていた。蛇口を捻る。
「ええっ ちょっと、出しすぎじゃない?」
大げさな動き付きだった。
ゆっくり瞬きを一回。そして男を見る。
瞬時に固まり、目線がどこという方向でもない方に泳ぐ。目が前髪に隠れる。
「・・・・・・・・・いえなんでもありません」
洗った食器をかごに移し、男を伴ってシヨウは裏口の扉に行く。
「何かあったら呼んでね」
裏庭に出た。外は、人が快適と思う温度、そして天気だった。
「で、何の用ですか」
「ねえ、君どこかで会ったことない?」
「ない、と思いますけど」
(昨日の昼間を覚えていないのか?)
「違う、違う、それよりも前に・・・」目線がシヨウを外れる。「あー・・・これは酷いなあ。そっか。泣いていたのはこれだったのか」
その家の敷地内の一角には石で囲んだだけの花壇がある。店の裏庭を借りてシヨウが作ったのだが今はみる影もない。花は無残に潰れ、茎は折れている。
「これ、もうだめなの?」
花壇の前にしゃがみこんでシヨウを見上げている。
「何かお話があったのではないのですか」
「この街なんか変じゃない?」
「変というと?」
「うーん、なんというか、えーと」考えこむような動きをしている。「シヨウさんはこの街の人じゃないって聞いたからわかるんじゃないかって、思ったんだけど・・・なんというか変としかいいようが」
「シヨウ! ちょっと頼まれてくれない?」
エリーが扉を開けながら裏庭に飛び込んできた。
「いつもの赤い実をこの篭いっぱいに」
「あれは臭いから嫌」
「場所って裏の山ですよね? 俺頼まれますよ。そっちに行く用事があるんです」
エリーが笑顔の彼を見る。シヨウも見てしまった。
エリーの目線がシヨウを再び見ている。
「わかった、わかりました。行きます。でもそうだなあ、昨日作っていたあの丸いの、食べたいなあ」
「めざといんだから。仕方ないなあ。じゃあ完成品を試食してもらおうかな」
シヨウのささやかな抵抗は受け入れられ、裏山へ入る準備をした。とはいっても剣を差すだけだ。エリーから篭を受け取る。
「夕暮れよりも前に戻ってくるのよ。ここらへんでもフリークスの目撃があったみたいだから。充分気をつけてね。すぐ逃げるのよ」
エリーの見送りを受け、店のすぐ裏の、山へ続く道を歩く。
「丁度良かった。よろしくシヨウさん」
さっき申し出たときと同じ調子で彼が言った。あ、と思い出したように付け加える。
「ジイドです。よろしく」
「すみません。ありがとうございます、ジイドさん」
なんとなく言いにくい名前だと彼女は思った。
3
フリークスとは、その種族からかけ離れた外見になった動物の個体。五百年ほど前から発見されるようになった。
その姿は異形で、共通するのは狂っている、ということ。故にフリークス。生態はまだまだ不明な部分が多い。
彼らはこの星でたった一つの人間の外敵。人間だけを襲う。彼らがどのように生まれ、何の為に生きているのか誰も知らない。誰も詳しく調べようとしなかった。人間は自分達の問題にいつも忙しいのだ。
「着いた、ここ。あの木が不味い赤い実の木」
腰くらいの高さの木に赤い実がぽつぽつとついている。
「え、この街の特産物っていうか赤の街って謳われる元となったあの赤い実?」
「そう。他の家では庭先で栽培してるみたいだけど、エリーはしてないの。園芸が出来ないというか仕事以外の生活能力がないの。出来ないわけではなくて・・・単に面倒くさいってだけらしいけど」
「へー。初めて見たかも」
ジイドが鼻を近づけている。
「食べるならどうぞ? ・・・一生後悔する味だけど」
「えっ」
笑顔のまま固まっている。
「色は悪くないけど、味が。好きな人にはこのクセはたまらないらしい。あ、だから食べてみたほうがいいですよ。一度後悔しておいたほうがいい」
そういわれて食べる気が起きるわけもないのかジイドは食べなかった。
二手に分かれ実を採ることに没頭した。
「あんまり採らなくてもいいですよ。そんなに要らないと思います」
そんな二人を見つめる二つ目があった。少し離れた茂みの中。猫のように瞳孔が鋭いが目の形はそれを逸脱している。獣の眼だ。
フリークスは茂みに気配を隠し、二人の様子を伺っていた。
シヨウはふと、何かの気配を感じ歩きだした。少しの警戒。
しかしそれはすぐ解かれた。木の根元に横たわっていたのは、鳩くらいの大きさの鳥。しかし明らかに鳩とは違う形状に成り替わっていた。嘴は鋭く、人間で言う白目も白くなく黄色。瞳孔はジイドより細い、猫科を思わせる鋭利な縦長。足の爪も異常に鋭い。その体は何者かに襲われたのか血まみれ、もう手の施しようが無いのは見てすぐわかった。人間の気配に気付き、死の間際でも野犬のように威嚇している。
シヨウは近づいた。そして傍らにしゃがみ、手を伸ばした。
鋭利な嘴が走る。
おそらく最期の、渾身の斬りつけ。苦悶の表情のまま、シヨウは動かなかった。
手を差し出したまま。血が滲んでいる。
「ごめんね」
(私じゃ助けてやれない)