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無言歌

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 脳裏に浮かんだ妹の顔は、口をへの字に曲げていた。きっと酒臭い息は翌日の午後まで残るだろう。そうして家で待つ妹は、現実でも同じ表情で吉野と関目を見るのだ。
 ここまで飲んだのなら、後はどれほど飲んでも結果は変わらない。自分の体重の1.5倍はあろうかと言う酔いの回った関目を、宿舎の部屋までどうやって連れて帰るか。吉野は眼鏡のレンズを拭きつつ、思案した。



 研修所内の宿舎に戻ったのは日付が変わった頃だった。居酒屋の打ち上げはもう少し早い時間に終わったのだが、飲み足りない有志は二次会と称してスナックに流れ、その中には吉野と関目も入っていた。
 吉野は彼の肝臓の働きの良さに、今更ながら驚いた。居酒屋を出る時には酔いは落ち着き、スナックに着くとまた勧められるままにグラスを空にする。もともとの体質か、それとも大学時代にラグビー部で鍛えられたものか。
「それじゃ、僕達はこれで」
「ああ、ありがとう、助かったよ。おやすみ」
 しかしさすがの関目もお開きになってタクシーに乗り込む頃には正体を失くし、吉野は同乗した研修生の手を借りて、何とか部屋まで彼を連れ帰った。
 研修生達に礼を言ってドアを閉めると、ベッドに大の字に横たわる関目を振り返る。高いびきですっかり熟睡モードだ。
「おい、関目、服くらい着替えろよ。皺になるぞ。関目」
 揺すっても微動だにしない。明日は帰るだけだし、すでにカラーシャツは皺だらけだったので、そのまま寝かしておくことにした。
 吉野は自分が使っているベッドに座り、関目を見る。口を心持ち開いた無防備な寝顔は、子供のようだと思った。
 彼と吉野の妹の菫は二ヵ月後に結婚する。転勤してきた関目が吉野の下に配属されて間もない頃、仕事が立て込んで終電を逃した彼を、家に連れ帰ったことが二人の出会いだった。菫が高校時代にラグビー部のマネジャーをしていたこともあり、すぐに意気投合。最初は友人として、半年後には結婚を前提に交際を始めた。
「いいのか、関目? あんな気の強い妹で。おまえ、絶対、尻に敷かれるぞ?」
「そこがいいんですよ、サバサバしているとこが。もちろん、俺だって黙って尻に敷かれるつもりはないですから」
 惚気のような交際の報告を受けて、吉野の胸中は複雑だった。
作品名:無言歌 作家名:紙森けい