イエノオキテ(5/12編集)
それから数年、父親が勤めていた会社が倒産した。最後まで働いた人は少なかったから、ずいぶん大きなお金が必要になった。お金を貸すと押しかけてきた来た人も少なくなくて、家も売らなくちゃいけない状況に陥ってしまった。
その頃の祖母は病気で入院していて、家を売ることに反対する人はいなかった。だから、【人形も売る】ことになるとは思わなかった。
「人形は連れていく」
しばらく経って、実際に家を売り渡す時になって、そう言ったのだが。アンティークだけどかなり状態のいい人形だったから、かなり揉めてしまった。
「貰う」
「渡さない」
押し問答になって、結局ちょっとした弾みで人形を落としてしまった。
「で……この後は分かるでしょ?」
しばらくして、おしかけの男は死んだ。
「なぜあの家を売った!」
父親が自身の母親にその話をしたら、ものすんごい形相で怒鳴りつけられた。
「あの人形には曰くがついているのよ」
それからあの人形の出所と、【曰く】について話しはじめた。ちなみにそこには両親のみで、子供はいなかったという。
むかしむかし、あの家の近くの森には『森の主(ぬし)』が住んでいた。
鬼みたいな角を生やした森の主は、動物や草木を食べたりはしなかった。食べるのは絶対に人間の肉で、『一年に七日間のみ、そして必ず五十年に一回』って決められていた。だから村人たちは五十年に一度、森の主に生贄を差し出す。それはかなり若い女の子が使われたそうだ。
ある時、怪我をした森の主は、村に住んでいた女の子に助けてもらった。これがきっかけで、二人はお友達になった。
「……うーん、そんなに簡単に仲良くなっちゃっていいのかなァ? まぁいいや」
それから数ヶ月後、森主の食事に、その女の子が『料理』として選ばれた。人一倍優しかった何にも知らない女の子は、自ら立候補したという。それを知った森の主は困った。
今まで通りにお友達を食べるか、食べないで自身が死ぬか。……結局、森の主は自分の死を選んだ。
「森の主(わたし)という存在を、決して絶やしてはならぬ」
そして死ぬ前に告げられたその言葉を守るため、食べられずに済んだ女の子の一族は必ず【森の代理人】として、生きていくことになった。二つの人形はその二人の代わり。
「人形を粗末に扱えば、友の仇を討ちに、鬼に殺される」
「人形とぬいぐるみを離すと、その一族は全員災厄に遭う」
つまり、そういうことだった。
その話を聞いた父親は、ハウスキーパーを探している最中のあれは呪いによる殺人衝動で、抑えきれてよかったと安堵した。同時に、『あの押しかけの男を殺したのは自分である』と言うことにも気付いた。
「今あの人形がどこにあるかわかんない。とりあえず、人形を持っていった人の一人にその話をしたんだけどね……まるで取り合ってくれなかった。あたり前だけどね」
数日後、また一人、死んだ。結局父親の必死のお願いと、死亡者の増えてく事実に怖くなってきたおしかけ仲間達は、その家族に家と人形を返した。すると変死事件がぴたっと収まって、それまで通り暮らせたそうだ。
それから数十年後、祖母と父親は死んで、その事実を知るものは嫁に来た母親だけになった。老衰で死ぬ前に、母親は娘に言ったらしい。
「運命は続く」
作品名:イエノオキテ(5/12編集) 作家名:狂言巡