小説ウンコマン
まもなく山菱会の発足ウン周年イベントという日が来た。
全ウンコマンが集会場に集められた。次々に幹部たちがスピーチを行った。
「今、社会は元のあるべき姿を忘れている。かつて我々はウンコマンとともにあり、ウンコマンも我々の一部であり、ウンコマンは大いなるサイクルを担う貴重な養分であった。
今やウンコマンは社会から退けられ、忌み嫌われ、不当な扱いを受けている。人はウンコマンを敬遠する。だがウンコマンは人の活動にともない否応なく生み出される副産物だ。人の営みあるところウンコマンはいる。ウンコマンなくして人はない。
山菱会はかつての自然な生き方に還るべく、ウンコマンを差別するのではなく社会の一側面として認め、ウンコマンとともに暮らす道を世に訴える指針となる。君たちこそがその主役だ。山菱会は君たちが本来の誇りを取り戻す手助けとなるべく全力を尽くす」
そこで誰かがつぶやいた。
「何が誇りだ。みんなグチャグチャじゃねえか」
ウンコマンは驚いてまわりを見渡した。発言の主はわからなかった。が、並んだウンコマンの顔という顔を見ているうちに、改めていわれるとたしかに痩せて芯のないウンコマンが多いような気になった。それまでは硬く突っ張っていたウンコマンの角が取れてどんな関門でもくぐり抜けていけるしなやかさを身につけたと思っていたものが、なんだか水っぽくて腰のないやわらかさに見えた。
きょろきょろしているウンコマンへスカウトマンが近づいてきた。
「和を乱す奴は出ていけ」
「いや僕は・・・」
「軟便もいわせるな」
スカウトマンに無理やり連れ出されそうになる悶着に周囲の視線が注がれた。さっきの発言者の声がまた飛んだ。
「俺たちを食いものにしやがって。おまえはスカウトマンじゃない、スカトロマンだ!」
集会場がざわつき始めた。
壇上ではかつて恐るべき指導力で上層部にあり山菱会を支配した一族に連なるというカチューシャをした娘が熱っぽく叫んでいる。
「ウンチから離れては生きられないのよ!」
どこからか「廃棄物処理業者!」と野次が上がる。
いよいよ混乱が収まらなくなった。沸騰した一群がマイクに殺到すると思われた瞬間、ステージ裏から意外な人物が現れて立ちはだかった。ここにいるウンコマンなら誰もが見たことのある顔だった。
「バキュームマン・・・」
会場が同じささやきに包まれてからお互いの顔を見合った。どうしてそれぞれに追われたことのあるバキュームマンの外見が一致するのか。
「驚いたかね諸君。私こそがし尿処理ジョーだ。諸君の知っているバキュームマンとは、すべて私がこの世界に清新をもたらすための駒として、私に似せて作り上げたクローンなのだ!」
一斉にバキューム兵団が集会場になだれ込んできた。悲鳴がこだまし、すっかりやわらかくなったウンコマンが処理されていく。ウンコマンの抱えたコーンやニンジンが空しく飛び散っていた。
命からがら逃げてきたウンコマンはまたあてどもなく歩き出した。理想郷なんてない。ウンコマンは常に捨てられ、また生み出され、世界をまわり続けるしかない。
行く手にバキュームマンが立ちふさがった。
「久しぶりだな、ウンコマン」
駅の便所に現れたバキュームマンだった。クローンのバキュームマンを見分けることはできなくても、バキュームマンからすればウンコマンの形は千差万別だ。
「逃がさないぞ、ウンコマン」
「あんたはただのクローンだ。なぜそこまでムキになる。所詮は人の思い通り動いてるだけじゃないか」
「おまえも同じだ、ウンコマン。人に押し出されないと、自分で出てくることもできない。あるがままの状態で価値のある者などいない。ウンコマンを処理することで俺の存在価値が生まれる」
すっかり日が暮れていた。この漆黒の夜空に点々と灯った星の光を消してはならない、とバキュームマンは思った。暗黒に覆われそうな世界でまたたく白い希望を守り続ける。やがて世界に光が満ちるときまで。明けない夜はない。
めまいのするような星空だ、とウンコマンは思った。ひときわ茶色く濁る星が自分だ。
PAINT IT BROWN―――
浣