小説ウンコマン
「見つけたぞ、ウンコマン」
便所にウンコマンはいた。ハエとともに。
「おまえは何の価値もない。俺が処理してやる。俺はバキュームマンだ」
「バキュームマン?」
「そうだ」
ウンコマンは歴史を思い返すような目になった。
「そんな名前の奴が昔いた。僕はあいつの敵だった。あいつの名は、たしかバリュームマン。奴が入ってきたとき、僕は空っぽにされた」
「それは胃腸がいうことだ。胃腸は働く。おまえは何も生み出さない」
「僕は肥やしだ。僕がいることで土が豊かになる」
「それは昔の話だ。今のおまえを必要とする場所はない。おまえは処理される存在だ」
バキュームマンのホースがうなり始めた。だが、長いあいだ溜まっていたウンコマンは巨大にふくれ上がっていた。表面からおびただしいガスを放ちながら、一気に爆発するときを待っていたのだ。このままでは、バキュームマンの格納容器は内側から破壊され、通常の何倍もの病原菌がばら撒かれることになる。
そんなものが世界を汚すことにバキュームマンは耐えられない。バキュームマンの使命感は燃え上がった。とはいっても、ウンコマンを処理し、無害化し、外部に流し去る機構のほとんどはし尿処理ジョーの仕事だ。バキュームマンの仕事はあちこちをうろつきまわって見つけたウンコマンをジョーに引き渡すだけだ。
そしてバキュームマン一人ひとりはとても小さい。世界が清潔であって欲しいとの望みはどこまでも大きいが、だからこそというべきか、身中に抱えておけるウンコマンの容量は頼りない。あっというまに処理能力を超えパンクしてしまう。そもそもが本質的な処理を行える体ではないのだから当然だ。
またウンコマンのほうでもそこを見誤ることがある。バキュームマンに吸入され運ばれ弄られる一方のウンコマンは、まずバキュームマンの実態をあまり知らない。バキュームマンの虚勢が大きく見せる幻影を敬遠し、常に逃げ回っているのだ。
このときも、ホースからこみ上げる臭気が許容量以上のものだと察知したバキュームマンが非常手段の<便吐>を行おうとする前に、ウンコマンは逃げ出した。
ここではないどこかへ行きたい。
その思いだけでウンコマンは、飛び出した駅の便所からホームへ駆け降り、そのまま西へ向かう列車に飛び乗った。
列車は満員だったが、ウンコマンの周囲だけ空間ができた。人情に厚いといわれる西へ行けば、自分を受け入れてくれる場所もあるかもしれないとの淡い期待にすがったウンコマンの周囲の空間は、いくら西に進んでも埋まらなかった。
とうとうウンコマンは途中で列車を降ろされた。これは軽便鉄道だといわれた。
どこへも行くところがない。あてどもなく歩き始めたウンコマンに声をかけてくる者があった。
「おまえはどこでも相手にされないだろう。俺のところへ来て一から始めないか。俺はスカウトマンだ」
「スカウトマン?」
「そうだ」
ウンコマンは詐欺師を思い返すような目になった。
「そんな手口の奴が昔いた。僕はあいつの弟子だった。あいつの手は、しっかとマンツーマン。奴が去っていったとき、僕は空っぽにされた」
「それは昔の話だ。今のおまえを必要とする場所もある。おまえは勝利できる素材だ」
スカウトマンのトークがうなり始めた。長いあいだ溜まっていたウンコマンの鬱憤はふくれ上がった。こんな世界が自分を汚すことにもう耐えられない。ウンコマンの自尊心は燃え上がった。
ウンコマンは事務所に連れていかれた。看板には<山菱会>と書かれていた。
山菱会の教えは厳しかった。人間として当たり前のことをできるようになれと叩き込まれ、自分はそもそもみんなと同じ人間なのかと悩んだこともあった。それでも、おまえも社会の一員だといわれるとウンコマンの心は不思議と澄み渡り、与えられた役割を精一杯果たそうという気持ちになって無心に物事に当たれるようになるのだった。
何より大きかったのは、山菱会には各地からウンコマンが集められており、同じ境遇の仲間同士ときにはふざけあい、ときには励ましあって共同生活を送っていけることだった。ウンコマンは初めて孤独じゃないような気分を味わった。
「僕は最初からここに来ればよかった」
ウンコマンはスカウトマンにいった。スカウトマンは、
「俺がおまえを拾ってやらなかったら、今頃おまえどうなってただろうな。出会いは宝だ。俺もおまえみたいな奴を見るとほうっておけないんだ」
と笑いかけてきた。
便所にウンコマンはいた。ハエとともに。
「おまえは何の価値もない。俺が処理してやる。俺はバキュームマンだ」
「バキュームマン?」
「そうだ」
ウンコマンは歴史を思い返すような目になった。
「そんな名前の奴が昔いた。僕はあいつの敵だった。あいつの名は、たしかバリュームマン。奴が入ってきたとき、僕は空っぽにされた」
「それは胃腸がいうことだ。胃腸は働く。おまえは何も生み出さない」
「僕は肥やしだ。僕がいることで土が豊かになる」
「それは昔の話だ。今のおまえを必要とする場所はない。おまえは処理される存在だ」
バキュームマンのホースがうなり始めた。だが、長いあいだ溜まっていたウンコマンは巨大にふくれ上がっていた。表面からおびただしいガスを放ちながら、一気に爆発するときを待っていたのだ。このままでは、バキュームマンの格納容器は内側から破壊され、通常の何倍もの病原菌がばら撒かれることになる。
そんなものが世界を汚すことにバキュームマンは耐えられない。バキュームマンの使命感は燃え上がった。とはいっても、ウンコマンを処理し、無害化し、外部に流し去る機構のほとんどはし尿処理ジョーの仕事だ。バキュームマンの仕事はあちこちをうろつきまわって見つけたウンコマンをジョーに引き渡すだけだ。
そしてバキュームマン一人ひとりはとても小さい。世界が清潔であって欲しいとの望みはどこまでも大きいが、だからこそというべきか、身中に抱えておけるウンコマンの容量は頼りない。あっというまに処理能力を超えパンクしてしまう。そもそもが本質的な処理を行える体ではないのだから当然だ。
またウンコマンのほうでもそこを見誤ることがある。バキュームマンに吸入され運ばれ弄られる一方のウンコマンは、まずバキュームマンの実態をあまり知らない。バキュームマンの虚勢が大きく見せる幻影を敬遠し、常に逃げ回っているのだ。
このときも、ホースからこみ上げる臭気が許容量以上のものだと察知したバキュームマンが非常手段の<便吐>を行おうとする前に、ウンコマンは逃げ出した。
ここではないどこかへ行きたい。
その思いだけでウンコマンは、飛び出した駅の便所からホームへ駆け降り、そのまま西へ向かう列車に飛び乗った。
列車は満員だったが、ウンコマンの周囲だけ空間ができた。人情に厚いといわれる西へ行けば、自分を受け入れてくれる場所もあるかもしれないとの淡い期待にすがったウンコマンの周囲の空間は、いくら西に進んでも埋まらなかった。
とうとうウンコマンは途中で列車を降ろされた。これは軽便鉄道だといわれた。
どこへも行くところがない。あてどもなく歩き始めたウンコマンに声をかけてくる者があった。
「おまえはどこでも相手にされないだろう。俺のところへ来て一から始めないか。俺はスカウトマンだ」
「スカウトマン?」
「そうだ」
ウンコマンは詐欺師を思い返すような目になった。
「そんな手口の奴が昔いた。僕はあいつの弟子だった。あいつの手は、しっかとマンツーマン。奴が去っていったとき、僕は空っぽにされた」
「それは昔の話だ。今のおまえを必要とする場所もある。おまえは勝利できる素材だ」
スカウトマンのトークがうなり始めた。長いあいだ溜まっていたウンコマンの鬱憤はふくれ上がった。こんな世界が自分を汚すことにもう耐えられない。ウンコマンの自尊心は燃え上がった。
ウンコマンは事務所に連れていかれた。看板には<山菱会>と書かれていた。
山菱会の教えは厳しかった。人間として当たり前のことをできるようになれと叩き込まれ、自分はそもそもみんなと同じ人間なのかと悩んだこともあった。それでも、おまえも社会の一員だといわれるとウンコマンの心は不思議と澄み渡り、与えられた役割を精一杯果たそうという気持ちになって無心に物事に当たれるようになるのだった。
何より大きかったのは、山菱会には各地からウンコマンが集められており、同じ境遇の仲間同士ときにはふざけあい、ときには励ましあって共同生活を送っていけることだった。ウンコマンは初めて孤独じゃないような気分を味わった。
「僕は最初からここに来ればよかった」
ウンコマンはスカウトマンにいった。スカウトマンは、
「俺がおまえを拾ってやらなかったら、今頃おまえどうなってただろうな。出会いは宝だ。俺もおまえみたいな奴を見るとほうっておけないんだ」
と笑いかけてきた。