夢の運び人 14
夢の運び人は男の子を見ていた。
ベッドに横たわり、すやすやと眠っている。幼い顔で頬にニキビがちらほら見える。
シンプルな一人部屋で、落書きが目立つ勉強机と教科書が三分の一で他は漫画が敷き詰められた本棚、窓の縁にはハンガーに掛けられた制服が掛けられている。制服の胸ポケットに『清水東中 二年 岸田』と書かれた名札が縫い付けられていた。
運び人は部屋を見渡し、机の上にノートを見つける。大きな文字で『日記』と書かれていた。
運び人はそれを少しめくって読んではみたが、よく理解できなかった様で、難しい顔をしながらノートを閉じた。
大きな袋から一つの夢を取り、男の子の頭に入れた――
――僕には皆に隠している秘密がある。
その秘密は誰にも知られてはならない。
もし誰かにこの秘密を知られたら、僕は闇の力に呑み込まれて、永遠にこの世界には戻ってこれない。
これは悪魔サタンとの契約。サタンと出会った時、僕にサタンの闇の力が半分移った。それを見たサタンは僕と契約を結んで、この世に蔓延る悪魔を退治するよう言った。
なぜ悪魔であるサタンが、悪魔の退治を僕に頼んだのかは分からない。
でも僕は、この闇の力を使って悪魔を退治できる。それは、僕の友達や家族を守る事に繋がるのだ。それを思えば、悪魔と契約することなど軽い。
今日も僕は、真夜中にこっそりと家を出る。お父さんとお母さんは真夜中に僕が出ている事は気づいていない。
家から歩いて十分ほどにある小さな公園にそいつはいる。公園に設置された街灯は少なく、そいつが暗闇に紛れるには十分だ。
僕はうっすらと見える公園を見渡す。ブランコが揺れているのに気づき、そに近づいた。
「そこにいるのか?」
尚も揺れているブランコに向かって言う。しばらく無音だったが、やがてそいつが姿を現した。
黒いぼろぼろのワンピースを着てる少女だ。見た目の歳は僕と同じくらいで、背丈は僕より若干低い。黒いロングの髪からひょこっと二本の角が出ている。彼女が『サタン』だ。今はブランコに座りゆっくりと揺れるブランコに身を任せている。その姿は『地獄の長』と呼ぶには相応しくない。
「時間通りだな、シュウ」
彼女は、その赤い目で僕を見るとポツリと呟いた。薄暗い公園を背景に赤く光っているようにも見える。
「時間通りに来ないと君は怒るじゃないか」
サタンは時間に厳しかった。時計をしているわけでもないのに、まるで僕がくるのを見計らってるようにこの公園にいる。
「そうだな。早速だが移動するぞ」
言ってブランコから降りる。
「今日は急ぐんだね」
いつもなら少し雑談するのが、今日はどこか彼女に違和感を感じる。
「訳は上で話す」
無表情な顔が歪んだ気がした。
サタンは公園の中でも広い場所に歩き目を閉じる。すると、背中から黒い羽が左右あわせて十二枚生えてくる。いつ見ても不思議だが、今はそうは思わない。非日常が彼女との出会いによって当たり前になり、感覚が麻痺しているのかもしれない。
続いて僕も羽を出す。これはサタンとの契約で発生した能力の一つだ。彼女とは違って二枚しかないが、十分空を飛ぶことができる。片方は白く、もう一方は彼女と同じく黒い色をしているのだ。サタンの話しによると、彼女の中にある『ルシフェル』という大天使だった時の物が混ざったらしい。
サタンは飛び上がり、僕もそれに続いた。進む速度は速くなく空中散歩している気分だ。
星空に混じって月が煌めいていて今にも手が届きそうだ。地上には小さな光がちらほらと見ている。僕は羽を動かしながらその光景を見ていた。
「シュウ、聞け」
僕はサタンの隣へと移動して耳を傾けた。
「今回で悪魔狩りは最後だ」
「えっ」
反射的に出る。
「どうして?」
「世界の均衡が保たれているのだ。これ以上狩る必要はない」
サタンはきっぱりとそう言った。
今日が最後の闘い……か。
「サタンとも今日でお別れなのかな?」
ふと、そんな事を口にした。
「かもしれないな」
整った眉をピクリとも動かさずに言う彼女を見て肩を落とす。
しばらく、無言の空中散歩をしていた。その間の彼女は特になにも話さず、ただ目的地に向けて黒い羽を動かす。僕は彼女の横顔を時折見ながら、これで見納めかと残念に思っていた。
「あそこだ」
そう言って彼女が指差した方向には町外れにある広い工事現場が広がっていた。暗くてよく見えないが、重機らしき陰がいつも見えて山のように積み上がった土砂もあった。
サタンは地上にふわりと降り、僕も隣へ降りる。
改めて見渡すと学校のグラウンドのようだった。
「ここにいるの?」
サタンに問う。というのも、気配がなかったのだ。サタンと僕以外の人間とは別の気配が。
「ああ、ここにいる」
サタンは答え、前へと歩く。静かな工事現場に土を蹴る音が響く。僕は周りを警戒しながら彼女の小さい背中を見ていた。
二十歩ほど進んだところで彼女は止まる。空を見上げ、間もなくしてサタンは振り返る。どこか追い詰めたような、見たことのない表情だ。
「シュウ、最後にお前が倒すべき悪魔は……私だ」
サタンの言葉が凛と響いた。言葉ははっきり僕に届いて唖然とする。
「……どういう事?」
僕にはそれしか訊くことが出来なかった。
「お前が今まで倒してきた悪魔は、元は私と共に天国から地獄へと堕ちた者たちだ」
その事は話に聞いていた。サタンとその悪魔たちは元は天使だった。サタンは『ルシファー』と呼ばれる大天使で、それがどういう訳か神に半旗を掲げ、戦い、地獄へと堕ちたのだ。
「私は、その者たちの暴走を止めた。お前と共に」
彼女の顔が優しく微笑む。
「だが、私とて悪魔。そして共に半旗を翻した者たちの中心だ。彼らと共に堕ちない訳にはいかない」
一転、何かを決意した表情に変わる。
「悪魔がお前たちの世界に存在してはならない」
「そんな……サタンは悪魔なんかじゃないよ」
僕の精一杯の言葉だった。しかし彼女は首を横に振る。
「お前は私を倒し、成長するのだ。人間として」
僕は歯を食いしばって目から流れそうな悲しみを堪える。
「無駄な抵抗はしない。すでにお前の力は私を超えているからな。それに、お前に倒されるなら、本望だ」
我慢してたものが頬を伝った。
僕は、右手に剣を出す。今まで悪魔を倒してきた、悪魔しか切ることのできない剣だ。
「サタン……ありがとう」
その一言は、サタンが僕に会ったときに始めて言った言葉だった。
僕はいつもそうしてきたように地面を蹴り、彼女の傍へと一瞬で移動し、剣の届く範囲へ。その時の彼女の赤い目は悪魔とは思えない程に清らかで、美しかった。
目を閉じ、彼女の心臓に寸分狂わず剣を突き刺した。肉を突き刺すいつもの感触。でも今回ばかりは、震えずにいられなかった。
僕はゆっくり目を開けて、彼女を見る。その顔はどことなく微笑んでいた。
「これでお前は成長する。中二という黒い歴史から。そして――」
息を引き取る直前、サタンがそう言ったのを僕は確かに聞いた――
ベッドに横たわり、すやすやと眠っている。幼い顔で頬にニキビがちらほら見える。
シンプルな一人部屋で、落書きが目立つ勉強机と教科書が三分の一で他は漫画が敷き詰められた本棚、窓の縁にはハンガーに掛けられた制服が掛けられている。制服の胸ポケットに『清水東中 二年 岸田』と書かれた名札が縫い付けられていた。
運び人は部屋を見渡し、机の上にノートを見つける。大きな文字で『日記』と書かれていた。
運び人はそれを少しめくって読んではみたが、よく理解できなかった様で、難しい顔をしながらノートを閉じた。
大きな袋から一つの夢を取り、男の子の頭に入れた――
――僕には皆に隠している秘密がある。
その秘密は誰にも知られてはならない。
もし誰かにこの秘密を知られたら、僕は闇の力に呑み込まれて、永遠にこの世界には戻ってこれない。
これは悪魔サタンとの契約。サタンと出会った時、僕にサタンの闇の力が半分移った。それを見たサタンは僕と契約を結んで、この世に蔓延る悪魔を退治するよう言った。
なぜ悪魔であるサタンが、悪魔の退治を僕に頼んだのかは分からない。
でも僕は、この闇の力を使って悪魔を退治できる。それは、僕の友達や家族を守る事に繋がるのだ。それを思えば、悪魔と契約することなど軽い。
今日も僕は、真夜中にこっそりと家を出る。お父さんとお母さんは真夜中に僕が出ている事は気づいていない。
家から歩いて十分ほどにある小さな公園にそいつはいる。公園に設置された街灯は少なく、そいつが暗闇に紛れるには十分だ。
僕はうっすらと見える公園を見渡す。ブランコが揺れているのに気づき、そに近づいた。
「そこにいるのか?」
尚も揺れているブランコに向かって言う。しばらく無音だったが、やがてそいつが姿を現した。
黒いぼろぼろのワンピースを着てる少女だ。見た目の歳は僕と同じくらいで、背丈は僕より若干低い。黒いロングの髪からひょこっと二本の角が出ている。彼女が『サタン』だ。今はブランコに座りゆっくりと揺れるブランコに身を任せている。その姿は『地獄の長』と呼ぶには相応しくない。
「時間通りだな、シュウ」
彼女は、その赤い目で僕を見るとポツリと呟いた。薄暗い公園を背景に赤く光っているようにも見える。
「時間通りに来ないと君は怒るじゃないか」
サタンは時間に厳しかった。時計をしているわけでもないのに、まるで僕がくるのを見計らってるようにこの公園にいる。
「そうだな。早速だが移動するぞ」
言ってブランコから降りる。
「今日は急ぐんだね」
いつもなら少し雑談するのが、今日はどこか彼女に違和感を感じる。
「訳は上で話す」
無表情な顔が歪んだ気がした。
サタンは公園の中でも広い場所に歩き目を閉じる。すると、背中から黒い羽が左右あわせて十二枚生えてくる。いつ見ても不思議だが、今はそうは思わない。非日常が彼女との出会いによって当たり前になり、感覚が麻痺しているのかもしれない。
続いて僕も羽を出す。これはサタンとの契約で発生した能力の一つだ。彼女とは違って二枚しかないが、十分空を飛ぶことができる。片方は白く、もう一方は彼女と同じく黒い色をしているのだ。サタンの話しによると、彼女の中にある『ルシフェル』という大天使だった時の物が混ざったらしい。
サタンは飛び上がり、僕もそれに続いた。進む速度は速くなく空中散歩している気分だ。
星空に混じって月が煌めいていて今にも手が届きそうだ。地上には小さな光がちらほらと見ている。僕は羽を動かしながらその光景を見ていた。
「シュウ、聞け」
僕はサタンの隣へと移動して耳を傾けた。
「今回で悪魔狩りは最後だ」
「えっ」
反射的に出る。
「どうして?」
「世界の均衡が保たれているのだ。これ以上狩る必要はない」
サタンはきっぱりとそう言った。
今日が最後の闘い……か。
「サタンとも今日でお別れなのかな?」
ふと、そんな事を口にした。
「かもしれないな」
整った眉をピクリとも動かさずに言う彼女を見て肩を落とす。
しばらく、無言の空中散歩をしていた。その間の彼女は特になにも話さず、ただ目的地に向けて黒い羽を動かす。僕は彼女の横顔を時折見ながら、これで見納めかと残念に思っていた。
「あそこだ」
そう言って彼女が指差した方向には町外れにある広い工事現場が広がっていた。暗くてよく見えないが、重機らしき陰がいつも見えて山のように積み上がった土砂もあった。
サタンは地上にふわりと降り、僕も隣へ降りる。
改めて見渡すと学校のグラウンドのようだった。
「ここにいるの?」
サタンに問う。というのも、気配がなかったのだ。サタンと僕以外の人間とは別の気配が。
「ああ、ここにいる」
サタンは答え、前へと歩く。静かな工事現場に土を蹴る音が響く。僕は周りを警戒しながら彼女の小さい背中を見ていた。
二十歩ほど進んだところで彼女は止まる。空を見上げ、間もなくしてサタンは振り返る。どこか追い詰めたような、見たことのない表情だ。
「シュウ、最後にお前が倒すべき悪魔は……私だ」
サタンの言葉が凛と響いた。言葉ははっきり僕に届いて唖然とする。
「……どういう事?」
僕にはそれしか訊くことが出来なかった。
「お前が今まで倒してきた悪魔は、元は私と共に天国から地獄へと堕ちた者たちだ」
その事は話に聞いていた。サタンとその悪魔たちは元は天使だった。サタンは『ルシファー』と呼ばれる大天使で、それがどういう訳か神に半旗を掲げ、戦い、地獄へと堕ちたのだ。
「私は、その者たちの暴走を止めた。お前と共に」
彼女の顔が優しく微笑む。
「だが、私とて悪魔。そして共に半旗を翻した者たちの中心だ。彼らと共に堕ちない訳にはいかない」
一転、何かを決意した表情に変わる。
「悪魔がお前たちの世界に存在してはならない」
「そんな……サタンは悪魔なんかじゃないよ」
僕の精一杯の言葉だった。しかし彼女は首を横に振る。
「お前は私を倒し、成長するのだ。人間として」
僕は歯を食いしばって目から流れそうな悲しみを堪える。
「無駄な抵抗はしない。すでにお前の力は私を超えているからな。それに、お前に倒されるなら、本望だ」
我慢してたものが頬を伝った。
僕は、右手に剣を出す。今まで悪魔を倒してきた、悪魔しか切ることのできない剣だ。
「サタン……ありがとう」
その一言は、サタンが僕に会ったときに始めて言った言葉だった。
僕はいつもそうしてきたように地面を蹴り、彼女の傍へと一瞬で移動し、剣の届く範囲へ。その時の彼女の赤い目は悪魔とは思えない程に清らかで、美しかった。
目を閉じ、彼女の心臓に寸分狂わず剣を突き刺した。肉を突き刺すいつもの感触。でも今回ばかりは、震えずにいられなかった。
僕はゆっくり目を開けて、彼女を見る。その顔はどことなく微笑んでいた。
「これでお前は成長する。中二という黒い歴史から。そして――」
息を引き取る直前、サタンがそう言ったのを僕は確かに聞いた――