小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

黒兎を追いかけて

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
第一話

「みんな静かに! これじゃセンセ転校生紹介できないでしょー」
都立第二夏目学園2年1組は昨日から突然のニュースで持ちきりだった。桜が散りきらない四月とあって、その知らせに心躍らせる者は多かった。
 都立第二夏目学園――通称ダイニ。トップクラスの学力を誇る生徒が入学できるエリート高校だ。都内でも他にエリート校と名高い学校はあるのだが、ダイニは生徒の入学条件が特殊であった。よって、ここはただの人間がおいそれと転入できる学校ではないから、退屈な日常に刺激を求める生徒が転校生の噂に飛びつくのはなおさらだった。
「もーうるさいなぁー…ま、いいや、入って」
ざわめきがいつまでも静まらないことを察した女性教師が状況打破のために半ば強引に事を運ぶことにしたらしい。
 扉の開閉はいつも通り音がしなかった。
 生徒たちは一斉に魔法にかかったように口を閉じ、教室のドアに――姿を現した転校生に――注目した。
 小柄な少女だった。本当に小さかった。
 肩より少し下まである黒髪がサラサラと揺れていた。長めの前髪から覗いた瞳が紅で、魔性のものが感じられ魅惑的だ。容貌は整っており目や鼻、口が小作りなのでその少女はまるで人形のようだった。肌が白く、無表情であるのがそれにますます拍車をかけた。しかし、生徒たちが見つめていたのは少女の耳――髪に埋もれるようにして垂れた黒兎の長耳だった。
 少女は自分の顎まである教卓の横に着くと、新しいクラスメイトたちに軽くお辞儀をした。やはり、少女の動きに応じて髪もサラサラと波打った。一方で男子たちには兎の耳がピコッと動いたところにトキメキの要素があったらしく、少々どよめきが起こった。
「はい、今日からこの2年1組のメンバーになります、桜木涙さんです。彼女はお家の都合でこの時期に転入してきましたっ。みんな仲良くねー!」
「先生! 桜木さんは『ハイブリット』ですかぁ?」
 早くも異形の耳について質問するのは、このクラスのムードメーカー、伊藤由鷹だ。
「その通り。けどこのクラスにも何人かいるでしょ? 桜木さんは兎ちゃんだし、特に音に敏感だから今まで通りいきなりうるさくするのは無しだからねー、伊藤くん」
「わーかってますって。あ、俺もハイブリットだから、ほれ」
 そういう伊藤の茶髪の隙間からはピコンと獣の耳がはみ出した。
「本人が音源だとうるさいとか自分でわっかんねーかな」
「うっせ!」
 クラスから笑いが起こる。ムードメーカーはいじられ役でもあった。
「はーい、次一限始まっちゃうからしーずーかーにっ。兎も角、仲良くしてあげてねー――じゃあ、最後に桜木さんからも自己紹介してもらおうかな。できる?」
 桜木は小さくうなずいた。
「……桜木、涙、です。よろしくお願いします」
 微かに聞こえた彼女の第一声は愛想笑いのない、最低限の挨拶だった。


 突然の転校生は学年を超えてビックニュースとなっていた。
 先生が桜木さんに席を与えてからすぐに授業が始まってしまったので、誰も彼女に接近するチャンスはなかった。今はみな授業に真剣に耳を傾けてはいるが、関心のアンテナははこの転校生に向けられているのは明らかだった。彼女の席は黒板に向かって左の一番奥、つまり、僕の左隣だった。
 十、九、八……、もうすぐ五月蠅くなるなぁ。
 鐘が鳴った。
「――今日やった形容詞と副詞のところ、次回明後日にテストするから、勉強しといてねー」
 先生の言葉は起立の椅子の音で掻き消され気味になったが、辛うじて聞こえた僕はすかさずメモをする。帰りのホームルームで言っとかないと。メモメモ。
「あー、言い忘れたことがひとつ! 三河くん三河くん、しばらく桜木さんと一緒に行動してくれないかなー?」
 教室のドアから顔を覗かせて先生がおどけて言った。転校生に足を向けていた生徒の動きが急にピタリと止み、先生と僕の話の行方に耳をそばだてた。僕は、クラスに対して責任のある立場にあるけれど、新しいクラスメイトの女の子の世話は同性の子だろうと思い気を抜いていたので文字通りキョトンとしてしまった。
「どぉ?」
「クラス委員であれば曽根さんの方が適任だと思いますけど」
 席を立ちながら一応意見を言ってみる。この先生の主張を変えるのはできないだろうな、と思っていても。桜木さん女の子だし。女の子はムズカシイの! というのはその曽根さんの決め台詞だ。
「曽根さんは入院中でしょー? いつ戻って来られるかはセンセも知らないし。
 この学校ってフツーじゃないからさ、いろいろ親身になって教えあげられる人に任せたいの。よろしくね、クラス委員長さん」
「…あ、」
先生は、僕の了解の言葉を聞く前に満足そうに踵を返して行ってしまった。いつものことだ。「わかりました」と誰にも聞こえないくらいの声量で言ってみた。これもいつものこと。
 さて、困った。
 クラス中の熱い視線、嵐の前の沈黙。
 僕の立場は羨ましいものになってしまった。まぁ、転入生の隣ってだけでもポイントは高かったのかな。あ、先生そのことも考えてたのかな。流石だな。――いやいや、先生はもういいんだ、問題は桜木さんだ。一方的に決められて困ってるのは彼女の方だ。
「桜木さん、ごめんね。本来は女の子だったら曽根さんが担当するところだったんだけど、彼女は入院中なんだ」
 どこか上の空の紅い瞳が僕を捉えた。
「僕は三河嵐士。クラス委員長なんだ。席も隣だし、困ったことがあったら何でも言ってね」
みんなの前で自己紹介とは照れるが、何とか「よろしくお願いします」まで言い切ることができた。
「よろしく、アラシ」
囁きのような声が教室に落ちた。風に揺れるカーテンに危うく消されてしまいそうなその声は、やはり彼女の外見を裏切らなかった。人形のように無機質で、何の感情もなさそうな抑揚。驚いたのは初対面だというのに名前を呼び捨てにされたことだ。しかし、不思議と嫌な気持ちは無かった。「黒兎」だからだろうか。そんなことを考えていたので、この静けさの中一拍僕たちは見つめ合うことになった。その飴玉のような紅い目に僕の姿はいささか緊張した様子で映っていた。
 次の瞬間にはドッと人波に弾かれた。
「ねぇねぇ本当にお家の都合? 前の学校は?」
「桜木さんって『セント・ラブ・アカデミー☆』のミッチェル・ハルトに似てるって言われない?」
「超かわいー。その赤い目ってカラコン?」
「抱きしめていい?」
「待って…ちょっと……みんな!」
「俺「黒兎」を実際に見たの初めてだわー」
「ちいさーい! ミニマムー!」
「萌っ!」
「下手したら小学生だぞこの可憐さ!」
「桜木さん何か喋ってみて」
「ちょっ…みんな! そんな一辺に喋ったら桜木さんが驚くよ、落ち着いて…っ」
クラス委員長なんて肩書きだけだ、みんなの雑用だ、ってたまに実感する時がある。今がそれなんだけど。一クラスをまとめるのは本当に大変だ。元気な曽根さんがいればこういった「騒動」なんかは一瞬で治めてしまうだろう。クラス委員長として威厳のない僕とは大違いの頼れるリーダーだ。…あれ、何で僕が委員長なんだろう。
「三河だけズリーぞ」
「あたしたちが親身になって教えたいのーズルいよ三河くんばっかりー」
作品名:黒兎を追いかけて 作家名:山奈華