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小さな国のお姫様と大きな国の兵士の物語

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 チェスをしていた時だった、城のどこかで布を引き裂くような悲鳴が上がった。
フィノアは思わず立ち上がりそうになったが、顔色一つ変えぬ執事を見て悟った。
もう城まで進攻しているのだ。

 すぐそこまで、この国の崩壊が来ていた。

 ガチャガチャと回廊を複数の人間が歩く音が聞こえてきた。
もうこの城に残っている男はフィノアの目の前にいる執事のグルタのみだったので
男たちは敵国の兵士だと簡単に予測できた。
足音はだんだんと近づいてき、ついに庭園の前で止まった。
「フィノア様…」
それは何度と焦がれた声だった。
「ティーダ…」

 フィノアはそれ以上言葉が続かなかった。
血のついた甲冑に身を包み黒い瞳が炎のように燃えていた。
愛しい人だった。
会いたくてたまらない人だった。
それなのに心の奥底は凍てついていた。

「お下がりください姫さま」
執事が立ち上がり、テーブルにたてかけられていた剣に手を伸ばす
「わたくしは姫様を守るよう陛下から言い預かっております」
そう言い鞘から抜く。
戦う意思を表した執事にティーダは顔を崩す。
切っ先を下ろしたまま必死に言った。
「私にもうこれ以上血を流させないでください
どうか、黙ってお退きください
「お引取りを」
硬い声で執事が返すと、それまで哀願さえこもっていたティーダの声も強い意志がこもる。
「出来ません」
「それではしかたありませぬな」
すっと執事は剣を抜き、かまえた。

 今でこそ執事だが王の側近として使えてきたグルタの腕前をフィノアは知っていた。
どちらが勝つかわからなかった。
ティーダは剣を一振りし赤い血を落とす。
ぽたっと音をたて芝生に血が散った。
「グルタやめて!ティーダ!」
「たとえ一つの国を滅ぼすことになろうとも、あなたを愛しております。姫」
「姫様はご婚約なさいました」

 鋭利な刃物のような声でグルタが答えた。
その言葉にティーダは吼えるように声を荒立て叫んだ。

「それがなんだというのだ!政略結婚ではないか!」
「そうしてこの国は生き延びてきたのです、お若い方」
「不幸で支えられる国など、存在してはならない」

 剣を構え、怒りを抑えた声でティーダは答えた。
グルタは少し笑い、剣をひねった。
「…それもまた一つの在り方なのですよ」
「姫、あなたの前で血の流れることをお許しください」
そう言い終わるとグルタが一閃する。銀の剣がティーダの首元を狙う。
ティーダは剣先を退かせ討つ。
グルタのわき腹をかすめいったん退き
胸に狙いを済まし付く。
が、グルタにからめとられ逆に甲冑の縫い目を狙い攻められる。
間一髪でそれを交わしたティーダの腕が伸びる。
グルタの剣はまだリーチで戻れない。
ティーダの切っ先が執事の首に届く。

 両者動きをぴたりと止める。ティーダの勝ちだった。
フィノアの目から見てもわかったが、グルタは剣を収めようとはしなかった。
グルタの切っ先はティーダのほおをかすめ宙へと放り出された。
ティーダの剣はグルタの首をはねていた。
 煌々と燃え盛る獣のような瞳で血をかぶっていた。
フィノアは優しさの奥に秘めたその力強い瞳に惹かれていた。
おそらくこういうことになるだろとわかっていたが
わからないフリをしていた。
わかりたくはなかった。
戦争の原因、父を殺した原因、どちらも自分だった。
父もこうしてこの青年の手にかかったのだろうか。
フィノアは幸せになることを許されるとは思えなかった。
この後どうなるかはわからなかったが、
一生罪を背負っていかなければならないと思った。

 幸せの代償はあまりに大きすぎた。

 ティーダは放心状態のフィノアの前にひざをつき、仰ぐ。

その瞳には晴れた青空とフィノアしか映っていなかった。
「お迎えにあがりました」
いつもの忠犬のような目で礼儀正しく優しい彼だった。
「ありがとう」
フィノアは声しぼりだし、涙をこらえた。
そしてこれから背負う罪と罰を噛み締めた。