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小さな国のお姫様と大きな国の兵士の物語

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 ドアを二度ノックする音に、フィノアは慌てて顔をあげ笑みを作り上げた。
そして封を開けていない手紙をにぎりつぶした。
「どうぞ」
静かにドアをあけ入ってきたのは初老の執事。
白髪のまじりだした髪であったが姿勢はぴんと伸び、
執事とは言っても王の側近であった者で、フィノアが生まれた時から側にいてくれた。
初めて馬に乗った時も彼が側についていたし
ダンスの練習相手はいつも彼がしてくれた。
フィノアにとってはもう一人の父親といってもよい存在だった。
「姫様、お茶をご用意しましたのでテラスの方へどうぞ」
「ありがとう」
そう告げ一例し、部屋から出て行った。
フィノアはため息を一つつき、チェス盤を手に取り部屋をでるた。

 城の中は深夜のように静まり返っていた。
どの部屋もがらんと空いており、人はもうほとんどいない。
逃げたのだ。よその国へと。
今、国は侵攻されつつあった。戦争をしたことのないこの国に勝ち目は無かった。
王はいまだ戦場から戻っていない。
誰かが言った「なぜ戦争をしかけてきたのですか、わが国は中立国なのに」と言った。
王はこう答えた「悲しいことだけれど人は争いあうことで
生きることを喜びと感じる生き物だから」と。
幼き頃にそう部下に言った父親の苦しそうな顔をフィノアは今でもしっかりと覚えている。

 フィノアは父のひざに座って読んでもらっていた絵本を次のページをかえた。
父の悲しい顔を見たくなくて、「次のページを読んでくださいお父様!」と言いながら
次のページをめくった。
すまないね、と父親は苦笑して続きを読み出した。
フィノアは話題を逸らせてよかったと幼いながらに思った。

 人の笑った顔が好き。悲しい顔や怒った顔は嫌い。
だからみんな仲良くくらして、笑顔がいっぱいの日のあたる幸せな国を夢見た。
この国は大昔に行き場所の無くなった人たちでつくられた国だった。
それは、まるで温室のような、そんな国だった。
戦争で負けた国の人々や傷つき生きることに疲れた者。
国を追い出された民族、虐げられた民族、そんな人たちばかりの寄せ集め。
周りの国からは傷の舐めあいだと笑われたが、誰も否定しなかった。

 この国は、この場所は、温室だから。
温室の国は戦争はしないし、外部から守ってくれる、
もう戦わなくてもいい、もう傷つかなくていい、もう怯えなくても大丈夫、
みんなで一緒に守るから。
そう言って笑顔で国を愛した。

 それから何千何万たった温室の国は、もはやすたれていた。
みんな旅立って行った。
結局の所、温室の国は一時的に幸せの国にはなったが、
いつのまにか国民は増えすぎ小競り合いやいがみ合いがどこでも起こりだした。
賢者や魔法使いたちは、もはやこの国は先は長くないと見切って出て行った。
それと同時に守護獣や野生のドラゴンたちもどこかへ行ってしまった。
綺麗な銀杏並木はもう死に、草原には家がたち、美しい湖はダムで枯れた。
古くから住む人々は悲しみながら、また次の温室を探しに出て行ってしまった。
残されたのは鈍感な人々と行き場の無い空しい人々。
代わりに入植してきた民族とはどうしても和解できずに、出て行くことになった。
今となっては、太古に存在した温室の国を絵本にして残すのが精一杯だった。
絵本の出だしは「むかしむかし、おおむかしのそのまたおおむかしに夢の国がありました。
人々は争うことなど知らず、毎日笑顔で暮らしていました……」
「そんな本当に夢みたいな国があったのですか?」と、フィノアは父にたずねた。
もちろん、と王は笑った。少し悲しさを含んだ笑いだった。今でも覚えている。

 剣の練習による金属音も、よく廊下にひびいた笑い声も今は無く
小鳥のさえずりだけが耳にとまる。
突如として宣戦布告をしたのは三番目の姫の嫁いだ国だった。

 荒れはじめた庭園でフィノアはチェスのコマを並べ、執事は紅茶を入れた。
「いいお天気ね」
「さようでございますね。本当に平和でございます」
ポーンを動かしながら執事が答える。フィノアはナイトを動かした。
「みんな打ち首になるのかしら」
「そのようなことには」
ありえませぬと言いながらコマを動かす。
「そうね、相手の国は悪い方ではないもの」
「姫様…」
「私のせいなの、全部。
お姉さま方はどう思われるかしらね」
「この戦争はただの侵略戦争です、姫様のご婚約など関係ありません。
安心して嫁入り仕度をしてくださいませ。
個人的なことですがわたくしは姫様のウエディングドレス姿を見とうございます。
それまでこの国は滅びられては困るのですよ、わたくしもそれまで死ぬわけにはいきませぬ」

 フィノア嫁ぎ先の国は、三番目の姉の国にすでに負けていた。
進攻は今この瞬間も進んでいるのだろう。