京都七景【第三章】
【第二章 東山安井に立つ(3)】
神岡の部屋はすぐに見つかった。エレベーターの左正面である。セキュリティーのいかにもしっかりしていそうな、厳(いかめ)しい紺色のドアに「神岡」と表札が出ている。
ドアの前に立って、呼び鈴に手を伸ばす。すると、急に、勢いよく内側からドアが開いて、わたしの鼻先をこすって止まった。何事!とわたしは身構えた。中から出てきたのは、半ズボンにランニングシャツで髪を振り乱した神岡の姿であった。手に雑巾の入ったバケツを下げている。何だか非常に急いでいる様子である。
「おお、野上じゃないか。ちょうどいいところに来た。すぐ、手伝ってくれ、おれのロベールが、ロベールが・・・」神岡は顔をゆがめて天を仰いだ。手から滑り落ちたブリキのバケツがガラガラ、ガシャンと不吉な音を立てた。神岡はそのまま放心の体である。わたしは両手で神岡の両肩をゆすった。神岡はふと我に返ると、バケツを拾って部屋に飛び込んだ。わたしもすぐ後に続いた。
見ると開け放った窓から風と雨が吹き込んでフローリングの上に大きな水溜りができている。その水溜りに上から流れ落ちてくる雨の先を見やると、雨いっぱいの机があり、その雨の中に大小の本がまるで島のようにたたずみ、戸惑っている。これはいかん。そう思って神岡を見ると、神岡は「じゅうたんが、じゅうたんが」と言いながら床を雑巾で拭いている。
「おい、そんなことやってちゃ、埒があかない。もとをたつんだ」というが早いか、わたしはすぐさま窓を閉め、雨風の侵入を防ぎ、床を拭いている神岡の雑巾をひったくって、バケツでしっかりしぼってから、返す足どりで机の前に立ち、雨水を拭いては絞り、拭いては絞りした。十五回目を数えるころには(無意識に数えてしまいました)、机の上の雨も一通り拭き清められて、いよいよこれから雨水をたっぷり吸った大小の本の救済に取り掛かろうとした、その刹那(おお、なつかしきこの響き!)である。
「おれのロベールに手を触れるな!自分でなんとかするから。ああ、何と言うことだ。こんなことならおれが濡れたほうがよかった。こんなことになるなんて。ああ、おれのプチ・ロベール!」
神岡は愛おしそうにプチ・ロベールを抱き上げ、その表面を雑巾でさすった。
「やめろ、それじゃあ台無しになるぞ。わたしは神岡からプチ・ロベールをひったくって机の上に置きなおした。その勢いでプチ・ロベールから、じわっと雨水が染み出してくる。「ティッシュはあるか」
「うん、ある」神岡はティッシュをつかめるだけつかんで持ってきた。
「それじゃ少なすぎる、箱ごと貸してくれ」
わたしは新品の箱からティッシュを出して机の上に厚く広げ、その上にプチ・ロベールを乗せ、その上にまた厚くティッシュをのせ、さらにその上に古新聞を乗せ、それから重石として広辞苑(日本一有名な(たぶん)比較的重い中型国語辞典)を乗せた。
「これで、しばらく様子を見よう」わたしは神岡に目配せした。神岡もこれで少し落ち着きを取り戻したかのように見えた。
ところで、突然プチ・ロベールなる名前が出て来て何のことやら分かず、苛立ちを覚えた方もいらっしゃると思うので、説明が後先になってまことに申し訳ないが、ご説明させていただきたい。
プチ・ロベールというのは仏文科の学生にとって、恐らくは命の次に(大げさかな)大切な仏仏辞典のことでして、フランス語の学習も中級を過ぎると、見栄からでも使って見たい、優れた、小型といっても結構大きい、辞典です。しかもお値段も約一万円と高く、平学生にはなかなか手の出せるしろものではありません、まあ、ある種フランス文学を研究するもののステイタス・シンボルと言ったところでしょうか。大きさは広辞苑よりひとまわり大きいですが、厚さは、ほぼ同じです。そういうわけですから、神岡のショックも大きかったわけです。
さて、残りの本にも同様の処置をし、神岡もいよいよ落ち着いたので、わたしはどうしてこんなことになったのかとたずねた。神岡はおおむね次のように説明した。
今年の夏休みは、卒論の準備のためにフロオベールの『ボヴァリー夫人』を原書で全部読み終わるまで実家には帰らないと心に誓った。だから計画的に毎日二十ページずつ読み続けることにし、やっと昨日になって読み終えたというわけだ。よし、これで自分も夏休みだと勢い込んで、実家に帰ったのが昨日の夕方だ。まあ、実家と言っても〈芦屋〉で、せいぜい二時間の距離だから、帰省するという実感はないんだが、根をつめて読んでいたものだから、とにかく食事の心配をせずに思いっきりごろごろできる実家に帰りたくなった。実家に帰って、ああこれでしばらく何もしなくて済む。極楽、極楽。そう思うと、急に眠気がさしてきてな、それで、すぐに布団を敷いて正体もなく寝てしまった。気がつくと、もはや今日の昼を過ぎていた。やあ、よくまあ、十二時間近くも寝たもんだ、と思いながら、母親の作ってくれた特大のオムライスを食べていると、京都に台風が二つ接近していることをニュースで見てな、ああ、おれは、台風が上陸する前の日に帰省できるとはこの夏の類稀なるストイック(禁欲的)な精進の御かげで実に幸運に恵まれたわいと、ひとり、悦に入ってしばらく過ごしていたんだが、どうもこころのどこかに引っかかるところがある。
「そうだろうよ」とわたしはつい、口をはさんだ。
神岡は、どうしておまえがそんなことを言うのかが分からないと言った顔つきで、
「変なことを言うじゃないか。野上には関係ないと思うが」
「そうだといいがな」とわたしは答えた。しかし、神岡はそれを聞かなかったことにして言葉を続けた。
それで、この引っかかっているものを何とかはっきりさせようと何度も何度も考えたんだ。すると、昨日『ボヴァリー夫人』を読んでいた机の上の光景が映像みたいに立ち上がってきた。でもそれでもまだよく分からない。仕方なくその光景に心の焦点を合わせながら、ゆっくりと視線を上げていくと、窓の外から飛び込んだ矢に、はたと胸を射抜かれたような気がした。
《窓が半開きだ!》
台風が二つも来るというのに、窓がこんなに開いていたら、おれの大事な、大事な「プチ・ロベール」はどうなってしまうのか。そう思うと矢も盾もたまらなくなった。時計を見ると二時半になっている。芦屋もさっきから、雨戸がガタガタ鳴って、大粒の雨がぱらぱらと吹き付けているから、台風の強風圏内に入ってきていることは明白だ。おれは、取るものも取りあえず、急いで家を出てマンションの窓を閉めようと帰ってきた。だが、奈何せん、手遅れだった。そのあとのことは、おまえの見たとおりだ。ああ、おれはなんと言うことをしてしまったのだ。おれが濡れればよかったのだ。おれはこの身が恨めしい。
「おれのほうこそ、おまえが恨めしいよ」
「なんだって、どういう意味だよ。おまえも本好きなら、大事な本が雨に濡れたときの、あの、やり場のない、あの黒々とした憤怒の情を理解してくれると思ったのに」