スケートリンク
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駅からの階段をおりてくるのは、如何にもお嬢様といった風情の若い女性だった。年齢は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。タクシーの運転席からその女性を見た瞬間に、池上慎太郎はひとめ惚れしたのかも知れない。そういうことは初めてである。視覚的要素の全てが完璧だと思った。レモンイエローのワンピースが目立っていた。しかもスタイルが抜群のかなり目立つ美人なので、女優かモデルだろうと、池上は思った。歩き方が素晴らしくスムーズでスマートだった。長い髪が美しい。足が程良く細くて美しい。もちろんウエストも細い。眼の感じが印象的である。ほのかな哀愁に包まれたその美しい眼が、独特の雰囲気を醸しだしていた。春の陽射しを受けて輝く肌も、実にきれいだ。あのひとが乗ってくれたらいいなぁ、と彼は思った。
彼がタクシーの乗務員になってから、既に三年が過ぎている。一日の乗客数は大体三十人から四十人である。朝から翌朝までの乗務が月に十二回。ということは、毎月およそ四百人の顔を見ることになる。三年間で一万五千人。そのうちの二十代の女性の数は三千人くらいだろうか。是非あの女性を、三千分の一の中に加えたいものだと彼が思っていると、そのひとは池上の車に向かって歩いて来た。視線が交錯している。凝視め合う状態が、二十秒間も続いたのではないだろうか。そして、最後に彼女は微笑んだ。池上の願いが通じたのだ。テレパシー?