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牙狼<GARO> -MAKAISENKI-外伝・落日の都

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 轟音だ。水面が爆ぜ、水柱を宙に立たせたと思うと巨大な影が夜空に現れた。鯰に見える。だが、四肢は獣のそれで、さながら醜悪な竜のようにも見える。その先端に、取り付いている影がある。影は巨体の頭部から剥がれるように落ちると埠頭へと落下してきた。魔戒騎士の鎧を纏った姿だ。地面を凹ませて肺から息を絞り出された騎士はくぐもった呻きを上げる。異物が取り除かれたことで、醜い巨体の竜は空中で捻りをきかせると背中の鱗を針のように飛ばして来て。それに対し、前に出たのは鋼牙だ。鞘から魔戒剣を抜き放ち、鱗の針を的確に撃ち落としてゆくその隙にマキナが肩を貸して、鎧の解除された騎士を廃棄された倉庫の影へと運ぶ。壁に凭れさせて騎士に声を駆ける。まだ意識はあるようで激痛に喘ぎながらも騎士は声を絞り出した。

「無事か!?」

「援軍か…ありがたい、ッ気を付けろ…あのホラーは本来狂暴な性格ではない…あそこまで大暴れしているのは、異常だ…っぐ!」

「喋らなくて良い!今迎えを寄越すから此処で大人しく待ってろ、良いな?」

 もっとも、ここから動くことのできるような状態ではないのだが。マキナは騎士に念を押し、コートの内ポケットから取り出した印の刻まれた札に息を吹き掛け、番犬所への救援を飛ばすと自らの魔戒剣を鞘から抜き、鋼牙の元へと駆けた。マキナが再び灯台付近に戻ると既にホラーの姿はなく、油断なく構える鋼牙の姿だけが残されているのが見えた。

「鋼牙!奴は!?」

「水の中へ逃げ込みました」

『二人とも気を付けろ、物凄い邪気がお前達を狙っているぞ』

 ホラーの気配をザルバが伝える。それでなくとも、マキナと鋼牙の肌にはひしひしとその殺気が伝わってきていた。互いに視線を合わせることはなく、二人の騎士は不吉に水面が波立つなかを油断なく構える。その緊張の中、鋼牙が呟いた。

「次のタイミングで、引きずり出す…!」

「あいよ!」

 マキナの応答とほぼ同時。果たして、その時は来た。再び夜色の鱗を煌めかせ、ゴルモラが宙へと躍り出たタイミングでマキナが疾走する。魔戒剣を目の前に突き立て、切っ先で円を描く。その動きによって光輝く輪がマキナの先に現れた。それを一突きすると、天輪が砕け、光がマキナを照らした。魔戒騎士に許された、〈ソウルメタル〉の鎧を全身に纏う召喚の技。光の輪から召喚されたのはマキナの身体を迅速に覆い、紅蓮と赤銅の二色に彩られた狼の顔を持つ鎧姿へと変えた。

――不転騎士・羅轟(ラゴウ)

 マキナの二つ名を体現した狼の鎧は、手に持つ魔戒剣を片刃の大太刀へと変化させる。その刀身を立て、針のような鱗を全身のソウルメタルと共に弾きながら、ラゴウは空へと跳躍した。鎧の召喚可能時間は、99.9秒間。決して長くはない。

『そぉらぁっ!!』

 大太刀を逆手に構え、その背中に飛び乗ると勢いをつけて深々と突き立てる。ゴルモラが痛みに怒号を上げ、夜の空気を震わせた。その状態で柄を握り逆立ちになると、ラゴウは一気に身体を地面側に振る。その勢いで突き立てた切っ先を宙に向けていき、その遠心力を利用してゴルモラとの天地を逆転させる。更にそこから大太刀を振り下ろす動きで埠頭目掛けてゴルモラごと振り抜いた。

『鋼牙!上手くやれ!』

「承知!」

 遠心力で切っ先から抜けたゴルモラの巨体が、埠頭へ、鋼牙の頭上へと迫る。苦し紛れの鱗の雨が降り注ぐ中、魔戒剣を頭上に掲げ、円を描く。一連の動きから降り注いだ光は鋼牙の身体を即座に黄金の鎧で包み込んだ。

―――黄金騎士・牙狼(ガロ)

 それは魔戒騎士の最高位たる証、最強の魔戒騎士は、金色の光と共に牙狼剣を構えた。頭上に影を落とすゴルモラの巨体を見据えると、ガロはジッポに良く似た<魔導火>から緑色の炎を剣に纏わせ、夜気を引き裂き揺らめく炎を宿した剣を構える。

『おおッ!!』

 下段から上段へと振り抜く動きで、剣に纏わせた緑の炎を飛ばす。それは狙い違わずゴルモラの身体を射て、そのままブーメランのようにガロの鎧へと返り、その鎧を緑色に燃え上がらせた。

―――烈火炎装

 ガロは空中に釘付けにされたゴルモラへと弾丸のように突貫し、その身体を一刀で真っ二つに斬り裂いた。遅れてゴルモラの体が炎を吹き上げ、爆音が轟いた。
 着地した二人の魔戒騎士は鎧を解除すると大きく息を着き、辺りを見渡す。まだ夜の色が濃く、月が煌々と照らす夜空に声が響いたのは次の瞬間だ。

『ふん、流石は魔戒騎士…とでも言って置こうか』

 マキナが振り仰ぐと宙に人が立っているのが見て取れた。不気味な外套に身体の殆どが覆われ、目深に被るフードの下は、赤い仮面によって覆われていた。マキナは反射的に魔戒剣を構え、突如現れた謎の人物を睨む。しかし、均衡が生まれるまでもなく、鋼牙が駆けた。灯台を駆け上がり、途中で柱を蹴るとその跳躍と共に捻りを入れた魔戒剣の一撃を叩き込む。

「…!?」

『…あれは、幻術ね』

 鋼牙の放った必殺の一撃は、赤い仮面の男をすり抜けて、その体は霞のように揺らぐだけですぐにその像を取り戻した。胸元にしまうジルバの声に魔戒剣を構えたままのマキナが表情を曇らせる。

「ホラーじゃない…か。だが、何だってんだ?」

『ゴルモラに人の血を与え暴れさせれば必ず魔戒騎士が釣れると思っていたが…こうも思い通りとはな…』

 マキナは心の中で合点がいった。南の騎士が言っていたのはこの事だったのだろう。かつて、古の世にホラーが現れた時の記録を残した文献がある。ゴルモラの章をマキナは覚えてはいなかったが、この仮面の男が何かしらの細工をしたことによって、凶暴化したのだろう。

『ふん、冴島鋼牙…また会ったな。そして、桐生マキナ。貴様にも、死への階段を上がる権利をくれてやろう…』

「…っぐ…ぁ!」

 何にせよ、この男は自分と鋼牙に敵意があるらしい。マキナが魔戒剣を構え、跳躍の姿勢に入った時、不意に鋼牙が胸を押さえ、膝を突き苦悶の声を食い縛った口の端から溢した。赤い仮面の術式の類いだろうかと慌てて駆け寄るマキナにザルバが語る。

『こいつはあの男から<破滅の刻印>を受けてる!気を付けろマキナ!お前もくらっちまうぞ!』

「へっ、不意討ちでもなきゃ不覚は取らんさ…!」

『今日の標的は貴様ではない…ゴルモラを追っていた魔戒騎士は既に刻印を刻んだ…次は貴様だ、努々忘れるなよ…』

 赤の仮面はマキナが距離を縮めるより早く泡沫となって消えてゆき、辺りには再び静寂と、緊張感から解き放たれた騎士達がが鞘に剣を納める鍔鳴りが静かに響くのみとなった。既に他のホラーの気配も無く、鋼牙の痛みも引いたようだった。底に朱色の蝶が光と共に現れマキナの眼前で文字を成した。

「破滅の刻印か…。南の騎士にも刻印が押されていたらしいな、一命は取り止めたみたいだけどよ。」

『あの男の術…見覚えがあるわ、マキナ』

 ジルバの声にマキナは暫し顎髭を撫でながら思案を続け、この場で答えの出る問題ではないと悟ったのだろう。破壊された魔戒剣を拾い上げると、鋼牙へと声を掛けた。

「調べる必要があるか…厄介もんだな…。ま、ここにいても仕方ないな…鋼牙、戻れるか?」