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牙狼<GARO> -MAKAISENKI-外伝・落日の都

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一、不転



 薄明かりに照らされた暗闇の中に、視線があった。その先には銀色に光る剣の切っ先があり、そしてその先に対峙しているのは同じく切っ先と、視線だった。薄明かりを吸い取った銀の刀身は二人の姿を仄かに空間に浮かび上がらせた。張り詰めた空気は既に最大限まで膨れ上がり、僅かな息遣いすらこの空間を乱す要因となりかねないとばかりに、二つの影は微動だにせず、互いの間合いを測っていた。

「――!」

 どれ程そうして睨みあっていただろうか、不意に影の一つが天井からの光を切っ先に受けて間合いを詰めた。相手の斜め、肩から胴に掛けての袈裟斬りだ。対する影もまた、それを受けて剣の腹で一撃を受け、刃を滑らせるように引き、脇腹への一刀を見舞う。最初に攻めた剣が刀身を真下に向けて防御とし、一撃を防ぐと皮切りに攻めと守りの目まぐるしく入れ替わる演舞のような刃のやり取りが続いた。
 そうして一際強く互いの剣が正面にて激突し互いに飛び退いた所で、両者は剣を鞘へと納めた。

「――なるほどな、黄金騎士の名は伊達じゃないってわけだ。お手並み拝見させてもらったぜ、冴島鋼牙」

 二人の男の姿が、室内の光が増すにつれて明らかになっていく。歩み寄り、声を掛けるのは三十を過ぎた程度だろうか、焦げ茶色髪はやや放埒に跳ね、無精髭を生やした身長の高い男だ。彼の言葉に一礼する男――冴島鋼牙と呼ばれた青年は、対してまだそれなりに若く、明るい茶色の短い髪に上下黒のインナーを着込み、鋭い目元に僅かに柔和な空気を持たせて男の賛辞を受け取った。そんな彼の代弁者とでも言うべきか、二人のみが立つ空間に声が響く。

『あんたこそ、不転騎士の名にそぐわぬ腕前だったぜ』

 声の主は鋼牙の左手中指、ゴツいデザインの施された魔導具、その中でも名の有る騎士にのみ着用を許された魔導輪型だった。その声に不転騎士の名で呼ばれた男は嬉しそうに顎髭を撫でる。

「はははっ!嬉しいこと言ってくれるな?」

「桐生殿、そろそろでは…」

 己の魔導輪、〈ザルバ〉との談笑を続ける男、桐生へと静かに声を掛ける鋼牙の声に桐生もようやく時刻を把握した。手元の懐中時計では既に午前の二時を回っている。

「おっと、そうだったな。…それじゃあ行くか。それと、俺はマキナで良い」

 修練場を出る際に、番を務める者から愛用の鈍色のロングコートを受けとると、マキナはそれを羽織り、コートの剣帯に鞘ごとしまって歩き出す。そしてその後に鋼牙が続き、白亜の回廊を進む。彼らは古来より、人の魂を食らう魔獣・ホラーから人々を守護する“守りし者”、魔戒騎士として人知れずホラー討伐を使命としている。彼らが所属するのは魔戒騎士を管轄ごとに擁する〈番犬所〉の統括組織である〈元老院〉。ここに配属された魔戒騎士は、その実力を高く買われており、騎士としての二つ名を有する者が殆どだ。二人は廊下を進み、元老院の長、神官グレスの待つ間に向かい扉を進んだ。

「良く来ましたね、桐生マキナ。そして、冴島鋼牙」

「グレス殿、指令か?」

 神官の間で待っていたのは白い装束を身につけた女性だった。彼女こそが、この元老院の長を務めている神官グレスその人である。マキナは厳かな空気漂う神官の間においてもまるで臆すること無くグレスへと声を投げ掛けた。対し彼女もそれを咎める様子もなく静かに頷いた。

「ええ、大型のホラー・〈ゴルモラ〉が逃走しています。かの地へ向かい、急ぎホラーを討伐するのです」

 その言葉に鋼牙の指に収まったままのザルバが唐突に口を開いた。彼は割と口数が多く、言葉少なな鋼牙の代弁者ともなり、よき友でもあるのだろうとマキナは視線を動かさずに思考した。同時に、自分の相棒ももう少し愛想が良くなってくれないかなどと他愛もない事を考えていると、窘めるような鋼牙の言葉が続く。

『おいおい、管轄の騎士はどうしたって言うんだ?まさかサボっているわけじゃあるまい』

「ザルバ…口が過ぎるぞ」

「構いません。ええ、南の騎士がゴルモラを追っていたのですが、その後消息を断ちました」

 その言葉に鋼牙は眉を顰め、マキナも表情こそ変えないものの思考を巡らせる。ホラーに破れ、命を落とす魔戒騎士は後を断たない。消息を断ったと言うことは恐らく命を落としているか、深手を負い身動きが取れないかだ。どちらにしてもホラーを野放しにすれば犠牲は出る。

「元老院付きが二人も呼ばれるなんて只事じゃないとは思ったが、成る程な…」

「事態は一刻を争いますが、くれぐれも注意するのです」

 厳かに言い放ったグレスに一礼をくれるとマキナと鋼牙は元老院から、魔戒道を使い外へと出た。元老院は普通の道で辿り着くことは出来ない場所に建造されている。これは番犬所も同じで、一般人には認知できない空間に存在している為に、行き来には魔戒道と呼ばれる特殊なゲートのような空間を通る必要があった。元老院から各管轄への直通の道を通ればそこは既に南の管轄だ。便利なもんだなと、この魔戒道を通る時の独特の感覚が好きになれないために、あまり魔戒道を使用しないマキナはそんなことを思いつつ漸く重苦しい空気を吐き出して新鮮な冷たい夜気を肺に入れ込むと、懐中時計を取り出してその蓋に刻まれた狼のレリーフに向かい声を掛けた。

「ジルバ、ホラーの気配はあるか?」

『…無いわ、マキナ』

魔導具〈ジルバ〉、マキナの相棒でもあり済んだソプラノの声は耳に心地よいが

「…相変わらずそっけないねぇお前さんは」

 相棒へのぼやきを溜め息と苦笑混じりにこぼすと、辺りを見渡す。街は既に眠りに就いた時間であり、捜索を阻むものはなかった。既に元老院側に寄せられていた南の騎士の消息が断たれた場所の情報を元に鋼牙とマキナは街の寂れた埠頭へと向かった。大規模な再開発の影響で既に使われなくなったそこは人の気配はなく、使われなくなったままの照明が頼りない光で空っぽの倉庫群を照らしていた。

『こいつは、また派手にやったな…』

 呆れたようなザルバの声がやけに響く。二人が目にした埠頭は激しい戦闘の痕跡を幾つも残しており、灯台に至る道や灯台そのものにも深く抉れたような痕が残っていた。恐らく南の騎士とホラーが戦闘を繰り広げたのは此処で間違いないのだろう。鋼牙とマキナは余り離れすぎず孤立しないようにして辺りの捜索を始めた。

「これは…」

 足元へ視線を落としながら歩いていたマキナの目についたのはべっとりと赤い血糊の付着した、魔戒剣だった。半ばで折れたそれは、壮絶な戦闘の後に砕かれたのだろうか。刀身に着いた血はまだ近くの照明を照り返しぬらぬらと妖しく光っている。新しい血痕だ。となればやはりかの騎士もと、マキナの思考に暗い影がよぎった瞬間だった。ジルバが僅かに緊張に強ばったような声色で歌うように告げた。

『マキナ…来るわ…!』