香港・境界。
中国であって、中国でない街‐‐‐香港。
返還されてから15年が経とうというのに、ここは中国にとっても異国感覚が溢れている。
定宿にしている、香港島の中心部にあるグランドハイアットのパーバービューの1室。
海越しに輝く九龍島の夜景が、この街の旺盛な生命力を伝えて来る様だ。
煙草を燻らせながら、窓辺に立っていた俺の視界に、湯気とともにバスルームのドアが開く瞬間がガラスに映り込む。
やがて、風呂上がりの身体にバスタオルを巻いた、李艶の姿。
‐‐‐相変わらず、良い女だ‐‐‐
彼女と出会ってから、もう、1年になる。
俺のビジネス・パートナーで、映画会社を経営する唐真からの紹介。
最初に会ったのは、唐が経営する会員制高級クラブ。
日本と違い、アジアでは、大部屋・ボックス席型の店より、カラオケボックスの様に、全て個室になっている店の方が人気がある。
50畳ほどの個室には、コの字状に並んだ背もたれの高いソファが、大理石のテーブル越しの、100インチの大型モニターを囲む。
トイレも完備されており、客は入店と退店の時以外は、他の客と一切顔を合わせずに済む仕組みだ。
部屋に通されると、暫くして、担当の女性、日本で言えばチ―ママがやって来る。
ホスト役の唐に、今夜の趣向を尋ねている様だ。
「どんな女性がいいかね?」
唐が俺達に問う。
その日、俺達は、新人グループのプロモーションビデオの香港ロケの打合せを行なった。
近くメジャーデビューさせる、4人組のロックバンド、Greed。
日本、香港、上海、台北で同時発売させる予定だ。
最近のこれらアジアの中核都市のミュージックシーンの成長は凄まじい。
音楽が、市場が縮小する日本だけではビジネスとして厳しくなって久しいが、Japan Cool神話を上手くプロデュ―スすれば、結構面白い展開が描ける。
今回は、香港の街と彼等の存在をシンクロさせた映像を制作し、唐の会社が公開する、人気女優メリー・チェン主演の新作映画のテーマ曲としてタイアップ、映画宣伝を兼ね、彼等の楽曲を各都市のバス、地下鉄等のモニターで、30秒スポットを集中露出させる事で、広く大衆に刷り込む事からスタートさせる。
これによって、アジアの大都市の若者に、Greedというグループを浸透を狙い、この反響を、各都市のスポーツ紙に掲載させる事で、話題を作る。
その後は、コンビニチェーンの店内放送のスポット露出を開始、徐々にグループの姿を伝えていく‐‐‐。
この戦略を描いたのは、、関東テレビの音楽番組「ミュージックス」の統括プロデュ―サーである俺・斎田と、Greedの所属するヴァージニアレーベル社長の堀、広告会社通博堂媒体企画局の玉木の3人。
皆、反体制型の変わり者だが、妙に気が会う。
平均視聴率20%超えを維持している「ミュージックス」は、この3人で作り出した。
「そうだね。英語の出来る娘がいいな。」
玉木が答える。
「俺は、モデル系のスレンダー美人だ」
堀もリクエストする。
「斎田さん、あなたは?」
唐が俺に聞く。
「‐‐‐‐そうだね‐‐‐日本に憧れを持つ娘がいいな‐‐‐いるかな?」
「丁度良い娘がいるよ!」
唐は香港生まれで横浜育ち。大学はカナダに留学していたので、中国語、日本語、英語が堪能だ。
25歳で、親のやっていた小さな映画館を継ぎ、30年でアジア有数の映画会社グループを作り上げた辣腕家。
俺達の様な、音楽やメディア関係者とのコネクションは、彼のビジネスにとっては生命線。
自社で契約している女優の卵達を、こういう形の接待で、売り込んで来る。
したたかな華僑商法だ。
「こんばんわ~!」
やがて、美女が10人ほど現れた。
いずれ劣らぬ粒揃い。
この中から、それぞれが相手を選ぶ、という方法をとるのが普通。
これは、最終的な選択責任を客側に負わせるためだ。
実際に、言葉の問題などでトラブルもあるらしい。
俺達は、夫々に相手を選んだ。
それから、2時間程、呑んで、歌って遊ぶ。
その後は、各人の交渉力次第、という事になる。
堀は、まだ飲み足りないらしく、相手の女性の知り合いの飲み屋に行くという。
玉木は、ダンスが得意、と言っている相手とClubに。
40代半ばなのに元気な事だ。
「私達はどうしますか?」
俺の相手になった、李艶と名乗った娘が聞く。
松島奈々子に少し似た感じの清楚な感じに好印象を持った。
「‐‐‐そうだな‐‐‐美味い粥が食べたいな‐‐‐‐知ってるかい?」
「あなたのホテルは何処?」
「グランドハイアットだよ。」
「すぐ近くに知ってる店があるわ。そこに行きましょう。」
香港では粥、これが俺の拘り。
昼、夜と中華が続かざるを得ないので、朝や夜食は粥に限る。
何しろ、一杯90円程度で、胃腸に優しい。
粥を食べながら、李艶と色々な話をした。
18歳の時に広州から香港に出て来た事。
今、香港大学の3年生である事。
演劇の勉強をして、日本で女優になりたい事‐‐‐等。
「私の1/4は日本人の血です。」
「おじいさんが日本人?」
「はい。父方の祖父が日本の商社マンだったと聞きました。随分前に亡くなった様ですが。だから、生まれた時から、日本に憧れていたんです。」
中国本土と比べ、親日家が結構多いのも香港の特徴。
やがて、どちらからともなく誘い合い、俺の部屋へ。
今まで抱いた女は星の数ほどいるが、こんなに肌の合った相手はいない。
俺達は、朝日が射すまで、何度も愛し合った。
「---何を考えてるの?」
李艶が俺の背に頬を寄せながら尋ねる。
「---初めて会った日の事を思い出した---」
俺は、李艶の肩を抱き、頬にキスをする。
「---もう、1年も経つのね---。」
李艶がバスタオルを外す---。
終わった後、俺は煙草に火をつけ、一服、紫煙を天井に吐き出す。
李艶は、俺の胸に頬を埋めて、満足気な穏やかな表情。
「---李艶。日本でのデビューを決めたぞ。来年4月からのドラマだ。---」
「---本当?どんな役?」
「女優の5番手。主役の藤平優香のホステスの同僚の中国人という設定だ。3ヶ月後から撮影開始だ。唐社長には今日、伝えてある---。」
「嬉しい!やっぱり斎田さんは私の事をちゃんと思ってくれたのね---ありがとう---」
李艶が涙ぐんで来た。
「---うん---でも、その代わり---」
「その代わり?」
「残念だけど、俺との関係はこれで終わりだ。」
「何で!どうして?私、日本に行くんでしょ?もっと会えるじゃない?」
「---うん、そうなんだが---日本では、俺の役を別の人間がやる。これがデビューの条件だ---。」
「!!!---別の人間って、誰?」
「ドラマの脚本家だ。この条件を飲むなら---と持ちかけられた---。日本のギョーカイでは良くある事だ。」
「----」
「この話を断るのもいい。替わりはいくらでもいる。李艶次第だよ。」
「----」
「女優になるという事は、自分を捨てるという事だ。俺との出会いも、元々がそうだっただろ?」
「---そうね---でも、一つだけ予想外だった---。」
「---何が?---」
返還されてから15年が経とうというのに、ここは中国にとっても異国感覚が溢れている。
定宿にしている、香港島の中心部にあるグランドハイアットのパーバービューの1室。
海越しに輝く九龍島の夜景が、この街の旺盛な生命力を伝えて来る様だ。
煙草を燻らせながら、窓辺に立っていた俺の視界に、湯気とともにバスルームのドアが開く瞬間がガラスに映り込む。
やがて、風呂上がりの身体にバスタオルを巻いた、李艶の姿。
‐‐‐相変わらず、良い女だ‐‐‐
彼女と出会ってから、もう、1年になる。
俺のビジネス・パートナーで、映画会社を経営する唐真からの紹介。
最初に会ったのは、唐が経営する会員制高級クラブ。
日本と違い、アジアでは、大部屋・ボックス席型の店より、カラオケボックスの様に、全て個室になっている店の方が人気がある。
50畳ほどの個室には、コの字状に並んだ背もたれの高いソファが、大理石のテーブル越しの、100インチの大型モニターを囲む。
トイレも完備されており、客は入店と退店の時以外は、他の客と一切顔を合わせずに済む仕組みだ。
部屋に通されると、暫くして、担当の女性、日本で言えばチ―ママがやって来る。
ホスト役の唐に、今夜の趣向を尋ねている様だ。
「どんな女性がいいかね?」
唐が俺達に問う。
その日、俺達は、新人グループのプロモーションビデオの香港ロケの打合せを行なった。
近くメジャーデビューさせる、4人組のロックバンド、Greed。
日本、香港、上海、台北で同時発売させる予定だ。
最近のこれらアジアの中核都市のミュージックシーンの成長は凄まじい。
音楽が、市場が縮小する日本だけではビジネスとして厳しくなって久しいが、Japan Cool神話を上手くプロデュ―スすれば、結構面白い展開が描ける。
今回は、香港の街と彼等の存在をシンクロさせた映像を制作し、唐の会社が公開する、人気女優メリー・チェン主演の新作映画のテーマ曲としてタイアップ、映画宣伝を兼ね、彼等の楽曲を各都市のバス、地下鉄等のモニターで、30秒スポットを集中露出させる事で、広く大衆に刷り込む事からスタートさせる。
これによって、アジアの大都市の若者に、Greedというグループを浸透を狙い、この反響を、各都市のスポーツ紙に掲載させる事で、話題を作る。
その後は、コンビニチェーンの店内放送のスポット露出を開始、徐々にグループの姿を伝えていく‐‐‐。
この戦略を描いたのは、、関東テレビの音楽番組「ミュージックス」の統括プロデュ―サーである俺・斎田と、Greedの所属するヴァージニアレーベル社長の堀、広告会社通博堂媒体企画局の玉木の3人。
皆、反体制型の変わり者だが、妙に気が会う。
平均視聴率20%超えを維持している「ミュージックス」は、この3人で作り出した。
「そうだね。英語の出来る娘がいいな。」
玉木が答える。
「俺は、モデル系のスレンダー美人だ」
堀もリクエストする。
「斎田さん、あなたは?」
唐が俺に聞く。
「‐‐‐‐そうだね‐‐‐日本に憧れを持つ娘がいいな‐‐‐いるかな?」
「丁度良い娘がいるよ!」
唐は香港生まれで横浜育ち。大学はカナダに留学していたので、中国語、日本語、英語が堪能だ。
25歳で、親のやっていた小さな映画館を継ぎ、30年でアジア有数の映画会社グループを作り上げた辣腕家。
俺達の様な、音楽やメディア関係者とのコネクションは、彼のビジネスにとっては生命線。
自社で契約している女優の卵達を、こういう形の接待で、売り込んで来る。
したたかな華僑商法だ。
「こんばんわ~!」
やがて、美女が10人ほど現れた。
いずれ劣らぬ粒揃い。
この中から、それぞれが相手を選ぶ、という方法をとるのが普通。
これは、最終的な選択責任を客側に負わせるためだ。
実際に、言葉の問題などでトラブルもあるらしい。
俺達は、夫々に相手を選んだ。
それから、2時間程、呑んで、歌って遊ぶ。
その後は、各人の交渉力次第、という事になる。
堀は、まだ飲み足りないらしく、相手の女性の知り合いの飲み屋に行くという。
玉木は、ダンスが得意、と言っている相手とClubに。
40代半ばなのに元気な事だ。
「私達はどうしますか?」
俺の相手になった、李艶と名乗った娘が聞く。
松島奈々子に少し似た感じの清楚な感じに好印象を持った。
「‐‐‐そうだな‐‐‐美味い粥が食べたいな‐‐‐‐知ってるかい?」
「あなたのホテルは何処?」
「グランドハイアットだよ。」
「すぐ近くに知ってる店があるわ。そこに行きましょう。」
香港では粥、これが俺の拘り。
昼、夜と中華が続かざるを得ないので、朝や夜食は粥に限る。
何しろ、一杯90円程度で、胃腸に優しい。
粥を食べながら、李艶と色々な話をした。
18歳の時に広州から香港に出て来た事。
今、香港大学の3年生である事。
演劇の勉強をして、日本で女優になりたい事‐‐‐等。
「私の1/4は日本人の血です。」
「おじいさんが日本人?」
「はい。父方の祖父が日本の商社マンだったと聞きました。随分前に亡くなった様ですが。だから、生まれた時から、日本に憧れていたんです。」
中国本土と比べ、親日家が結構多いのも香港の特徴。
やがて、どちらからともなく誘い合い、俺の部屋へ。
今まで抱いた女は星の数ほどいるが、こんなに肌の合った相手はいない。
俺達は、朝日が射すまで、何度も愛し合った。
「---何を考えてるの?」
李艶が俺の背に頬を寄せながら尋ねる。
「---初めて会った日の事を思い出した---」
俺は、李艶の肩を抱き、頬にキスをする。
「---もう、1年も経つのね---。」
李艶がバスタオルを外す---。
終わった後、俺は煙草に火をつけ、一服、紫煙を天井に吐き出す。
李艶は、俺の胸に頬を埋めて、満足気な穏やかな表情。
「---李艶。日本でのデビューを決めたぞ。来年4月からのドラマだ。---」
「---本当?どんな役?」
「女優の5番手。主役の藤平優香のホステスの同僚の中国人という設定だ。3ヶ月後から撮影開始だ。唐社長には今日、伝えてある---。」
「嬉しい!やっぱり斎田さんは私の事をちゃんと思ってくれたのね---ありがとう---」
李艶が涙ぐんで来た。
「---うん---でも、その代わり---」
「その代わり?」
「残念だけど、俺との関係はこれで終わりだ。」
「何で!どうして?私、日本に行くんでしょ?もっと会えるじゃない?」
「---うん、そうなんだが---日本では、俺の役を別の人間がやる。これがデビューの条件だ---。」
「!!!---別の人間って、誰?」
「ドラマの脚本家だ。この条件を飲むなら---と持ちかけられた---。日本のギョーカイでは良くある事だ。」
「----」
「この話を断るのもいい。替わりはいくらでもいる。李艶次第だよ。」
「----」
「女優になるという事は、自分を捨てるという事だ。俺との出会いも、元々がそうだっただろ?」
「---そうね---でも、一つだけ予想外だった---。」
「---何が?---」