愛憎渦巻く世界にて
「よいしょっと」
彼女が登り始めると、それほど高い木ではなかったことと数個の実をつけていたこともあり、ヤシの木はゆっくりと傾き始めた。そして、彼女が真ん中あたりまで登ったとき、
「よし、じっとしていろよ」
ヤシの木は、ウィリアムがココナッツをもぎ取れる高さまで傾いていた。ウィリアムは、用意していたナイフで数個のココナッツを次々にもぎ取っていった。
「わっ!」
ココナッツ数個分の重みを無くしたヤシの木は、勢いよく傾きが戻り、メアリーはヤシの木から滑り落ちてしまった……。
「イタタ」
メアリーは尻もちをついて、できたばかりの手足の擦り傷を見ていた。
「大丈夫か?」
ウィリアムは、1個のココナッツにナイフで穴を開けると、そのココナッツの中に入っているココナッツミルクをメアリーに飲ませてやった。
「これぐらい大丈夫です。自分で飲めますから」
彼女はそう言うと、手の傷を気遣いながら、自分で飲み始めた。
「あっ、シャルルがやっと目を覚ましたみたいですよ」
メアリーがシャルルたち3人のほうを指さす。
「ああ、本当だ」
すると、ウィリアムは、シャルルたち3人に向かって、ココナッツ3個を次々に投げた……。3個のココナッツは、それぞれの送り先へ飛んでいく。
「キャ!」
マリアンヌのすぐ近くに落ちるココナッツ。
「おっとっと!」
なんとかココナッツを受け取ることができたシャルル。
「ふん!」
ゲルマニアは、自分に向かって飛んできたココナッツを、剣で真っ二つに斬る。すると、中のココナッツミルクが、彼女の顔に思いっきり降りかかった……。
シャルルたち5人は、少し遅めの朝食を取っていた。メニューは、焼き魚とココナッツミルクだったが、人にココナッツを投げた罰として、ウィリアムはココナッツミルク抜きだった……。シャルルは、おそるおそる初めてのココナッツミルクを飲んでいる。
「夕食は、ちゃんとした食べ物を食べたいものだ」
ゲルマニアが焼き魚をほうばりながら言う。魚とココナッツミルクだけでは物足りないようだ。彼女の言う「ちゃんとした食べ物」とは、肉料理のことらしい……。
「でも、この魚は美味しいですよ」
マリアンヌは美味しそうに焼き魚を食べていた。
「私が食べたいのは、魚ではなく肉だ!」
ゲルマニアは、今にもヨダレを滴らしそうになるほど、肉料理を食べたそうにしていた……。
「……嫌ねえ。完全な肉食系女子じゃない……」
メアリーはゲルマニアをからかったが、ゲルマニアは肉料理を思い出している最中で、聞こえていなかった。
「おい!!! 食い物をよこせ!!!」
突然その場に響いたその大声は、ココナッツミルク抜きとなったウィリアムの声ではなく、クルップの声だった……。彼の横には騎士がおり、クルップとその騎士は、砂まみれの哀れな姿だった……。彼らもこの島に漂着したらしく、焼き魚の煙と匂いにひかれてやって来たらしい。