愛憎渦巻く世界にて
クルップの船から飛んできた砲弾や矢が、次々にシャルルの船に命中し始めた。どうやら、クルップたちはやる気満々らしく、ゲルマニアが乗っていることを忘れているのでは無いかと思えるほどであった……。
唯一のマストに砲弾が命中し、倒れてきたマストに、何人かの船員が下敷きになって死んだ。おまけに、そのマストにかけてあったランタンが壊れてせいで、甲板で火事が発生した……。火が燃え移ってしまった2人の船員は、1人はその場でのたうち回って焼け死に、もう1人は海に飛びこんだ……。
すると、船員たちが次々に海に飛びこんで逃げ始めた……。
「逃げるな!!! 完全に沈むまでは船に残れ!!!」
ゲルマニアは叫んだが、船員たちは躊躇することなく海へどんどん飛びこんでいく。気がつけば、船にまだ残っているのは、シャルルたちだけとなってしまった……。
「グハッ!!!」
「ウッ!!!」
海に逃げた船員たちを、クルップの船の弓兵たちが次々に射殺していた。死んだ船員たちから流れた血が、シャルルたちの船の周囲の海面を赤く染めた……。まだ射殺されていない船員たちも次々に溺死していった……。
こぎ手が1人もいなくなったので、船の速力はほとんどゼロになった上に、前から後ろの方向へと流れる海流によって、少しずつ流され始めていた……。そんなシャルルたちの船に合わせて、クルップの船も止まった。勝負はもう決まったようなもので、クルップの船からの攻撃が止んだ。ただ、大砲の向きや弓兵の体勢はそのままだ。
「ゲルマニア様!!! もうあきらめてください!!!」
クルップが降参しろと言ってきた。もちろん、投降したら、シャルルとマリアンヌが殺されることは確実だ。その辺は、クルップ本人にもよくわかっていることで、この降伏勧告は形式的なものだった。
「私が降参すると思うか!?」
ゲルマニアがそう返事をすると、すぐに攻撃が再開された。ゲルマニアの返事は、その場にいた全員が予想できていた。
シャルルたちは、激しい攻撃を避けるのに精一杯で、反撃することができなかった。そして、激しいダメージを受けたシャルルたちの船は、とうとう左へ転覆し始めた……。今降伏しても、沈没は時間の問題だ。
「マリアンヌ様を助けないと!!!」
シャルルは、船内に残してマリアンヌを助けに行こうとしたが、
「キャ!」
マリアンヌは甲板に出てきていた。ちょうど様子を見ようと出てきたところだったようだが、彼女は傾き始めた甲板に足を滑らせそうになっていた。シャルルは、すぐにマリアンヌの元へ駆け寄ると、マリアンヌの手を引いた。飛んできた矢がすぐ近くに突き刺さる。
「この手すりに上がれ!!!」
ゲルマニアが彼らに呼びかける。ウィリアムとメアリーとゲルマニアは、傾くに連れて上がる右舷の手すりによじ登っていた。
「姫、こっちです!!!」
シャルルはマリアンヌを連れて、手すりに向かった。クルップの船の弓兵たちは、彼らを集中狙いしたものの、すべての矢が外れた。
彼らが手すりに着く頃には、甲板の傾斜はキツくなっており、ゲルマニアに引き上げてもらわなかったら、海へ滑り落ちていたことだろう。