愛憎渦巻く世界にて
「助かりましたよ、イーデン大使」
ウィリアムが紅茶を飲みながら言う。大使館の中に通されたシャルルたちは、ディナーをご馳走になり、その後、大使館の応接室へ誘われた。そこで紅茶とクッキーをご馳走になり、シャルルは、革張りのソファに緊張した表情で座っている。メアリーは、紅茶のポットを手に立っていた。
窓の外は夜のため暗く、城下町の松明やロウソクの明かりがチラチラと見えるだけだ。ただ、警備のため、門付近は明るくなっている。
「ゴーリ王国の王室騎士団の連中に追われていたようですが、何があったのですかな?」
シャルルたちの向かい側に座っているイーデンが言った。イーデンは、この在ゴーリ大使館の大使で、赴任の儀式のときに、ウィリアムと話をしたことがあった。
「ムチュー王国のマリアンヌさんが、ゴーリ王国に捕まったというのは、もう御存知ですよね?」
ウィリアム、紅茶を飲み干してから言った。すかさず、メアリーが、ウィリアムのカップに紅茶を、優雅な手つきで注ぐ。
「ええ、馬鹿騒ぎをしていたので知っています」
「彼女は明朝に処刑される。外交ルートから止める手立てはないか?」
「……え? 外交ルートからですか?」
イーデンが驚いた表情で問い返した。
「そうだ」
ウィリアムが真剣な口調で言い、シャルルは真剣な表情でイーデンを見た。メアリーは、目を閉じて黙って立っていた。
「申しわけありませんが、それは無理な話です。相手国の王女を先に殺したほうが勝ちというこの戦争を、我が国は認めているのですぞ。今さら、この戦争は駄目だなどとは言えませんよ」
イーデンは丁寧な口調で、ウィリアムの申し出を断った。
確かに、前言を翻すようなことを言えば、タカミ帝国の信用がガタ落ちすることは間違いないだろう。タカミ帝国は世界一の国家なので、他国の信用など気にする必要はないかもしれない。しかし、信用できない政府ということで、自国民からの信用も失うことになるのだ。
「そんな……」
シャルルは悲しそうに呟いた。
「やはり、大国の次期皇帝でもできないことはあるのだな」
ウィリアムが天井を仰ぎながら言った。
「残念ながら、それが現実です」
イーデンが気まずそうに言う。
コンコンコン
応接室の部屋がノックされた。
「どうぞ」
イーデンがそう言うと、大使館員が入ってきた。彼の手には手紙があった。
「失礼します。ゴーリ王国の王室から、緊急の手紙です」
「そうか」
イーデンが手紙を受け取ると、大使館員は出ていった。
イーデンが手紙を開封し、中の便箋に目を通し始める。
「私たちの件についての抗議ですか?」
ウィリアムがそう言うと、イーデンは首を横に振り、
「いいえ。マリアンヌ様の件です」
「なんて書かれてあるんですか!?」
シャルルが身を乗り出して尋ねる。シャルルの目は真剣だった。
「…………」
シャルルの様子に、イーデンは言いづらそうにしていた。
「私が読んでやろう」
ウィリアムはイーデンから手紙を奪い取るように手にした。
「……『イーデン殿、明日、ムチュー王国のマリアンヌ姫を首切りにて死刑に処するので、証人として出席してくださるよう、申し上げる』。 日本とは比べものにならない早さの死刑執行だな。冤罪の問題があるから、早すぎるのもまずいが」
手紙の内容に、その場は静かになった……。