愛憎渦巻く世界にて
第40章 アイシュウ
夕方。クルップが走らせる馬車は、ゴーリ王国首都の城下町を走る。今はどこも、悲壮感で満ち溢れていた。負傷や疲労で傷心しきった兵士が、道端にたむろしている。手には武器でなく、ビール瓶が握られていた……。
「あっ、タカミ人が処刑されてる」
町の広場を通りかかったとき、クルップが言った。
「なんだって?」
ウィリアムは言った。彼は、荷台の帆布を少しだけめくり、処刑現場のほうを見る。
5人のタカミ人が、急ごしらえの首吊り台に吊り下げられていた……。処刑前に暴行を受けたらしく、身なりはボロボロだ。
当然だが、タカミ帝国がムチュー王国側に加担した事も、すでに伝わっているようだ。いくら大国のタカミ帝国の人間とはいえ、報復をせずにはいられなかったのだ。
「これは酷いな。おそらく貿易商だろう」
ウィリアムは動揺を隠せずにいた。
「私が勝手に兵を動かしたせいで、彼らは殺されてしまったのかもしれないな……」
ウィリアムは罪悪感を抱いたようだ。
「ウィリアムとメアリーも、目立たないようにしておけよ」
「言われなくてもそうするわよ」
これはメアリーだ。
ウィリアムとメアリーは、自らの変装を改めて確認した後、再び横になった。これで怪我人のフリは十分だ。ムチュー人であるシャルルは、怪我人のフリがすっかり身についてしまっている。これなら大丈夫そうだ。
一方、ゲルマニアのほうは、変装を少しでも早く解いて、人々の元や王城へと駆け出したがっている。歯がゆい思いがするのだろう。
馬車は、ゴーリ王城近くの教会前に停まる。ここが、ゲルマニアが指示した場所だ。西に傾く太陽が、斜塔をオレンジ色に染める。教会の近くにそびえ立つ王城も、オレンジ色だ。どちらも今や、空虚な雰囲気に包まれている。
シャルルは、その教会に見覚えがあった。以前、この教会で、ゲルマニアと遭遇した。そのときは、教会内の秘密の地下道を通り、王城に侵入したのだ。シャルルは、腰の剣を見る。今回は剣を使わずに済むだろうか。
「なんだか、もう懐かしく思えるな」
帆布の隙間から、教会を見たシャルルが言った。
「これがシャルルが以前言ってた秘密のルートというやつだな」
ウィリアムが言った。
シャルルたちは、馬車から降り、教会の周囲を警戒する。幸い、周囲に兵士の姿は見当たらなかった。
それからゲルマニアは、教会のドアを静かに開け、中の様子を伺う。すぐに大丈夫だとわかったらしく、シャルルたちに合図を送った。