愛憎渦巻く世界にて
「ブリタニア姫! まず今はそのド……」
思い切って発した言葉だったが、それは途中で止まってしまう……。猛烈に気まずいものを見てしまったという感じだ。
彼が見てしまったのは、破れたドレスの隙間から見える、彼女の下着だった……。下着のシュミーズによって、肌が露出しているわけではないが、ブリタニアも彼もお年頃だ。彼女自身も、その事実にすぐ気がついた。彼女はとりあえずの処置として、破れた部分を手で掴み、見えないようにした。
「これじゃ、落ち着いて外出もできないじゃない! 替えの服は持ってきていないのよ!? いったいどう埋め合わせてくれる!?」
ドスの効いた声で、フィリップに迫るブリタニア。年相応とはいえ、その迫力はバッチリこもっていた……。どうやら、同年代の男である彼に見られた恥ずかしさよりも、大事な服(この一着だけとは限らないが。)が破れてしまった怒りのほうが、強い感情らしい。彼女の下着を見てしまった彼にとっては、不幸中の幸いだが、まだこの場を切り抜けられたわけじゃない。
「私の姉の服なら、ブリタニア姫でも着られるかもしれません!」
フィリップは、とっさに思い浮かんだアイデアを提案する。無論、彼の姉であるマリアンヌの許しが必要だが、彼女なら事後承認でもおおめに見てくれるはずだ。
「なによそれ? 私の体は大きいから着られるってこと? 太っているように見えるの?」
ところが、ブリタニアはこう言い返してきた。本当に厄介な女の子である……。フィリップは今頃、こんな役割を命じた父の国王を、軽く恨んでいるに違いない。
「いえいえ、そんな意味で申したのではありません! 姉の服ではダメなんですね、わかりました!」
このアイデアは撤回するしかないようだ。フィリップはまた頭を捻る。
しかし、ブリタニアはフィリップが新しいアイデアを提案してくるのを、これ以上待つことはしなかった。この時間はこれで、いい暇潰しになるはずだったが……。
「ひとまず、あなたの服を借りるわ。さっさと脱いで寄こしなさい」
彼女は彼に言った。まるで道端の強盗が話すようなセリフだ……。皇女らしからぬ要求に、彼が目を点にしたのは、ごく自然な反応だった。
「あの、今なんておっしゃられましたか?」
きっと聞き間違いか冗談だと思い、またはそう信じて、彼は彼女に言った。
「今すぐ服を脱いでちょうだい。代わりとして、その服をしばらく着るから」
幼い子供を諭すような口調で、ブリタニアは再度言った。
彼は、彼女が真面目に要求している事を知ったものの、さずがに躊躇った。同性や身内同士の悪ふざけならまだしも、男であるフィリップが服を脱ぎ、女であるブリタニアも服を脱ぐわけだ。しかも、廊下であるここで今すぐ着替えなくちゃいけない。人通りがかなり少ないとはいえ、もし通りがかった誰かに見られてしまえば、父の国王に怒られるか、恥ずかしいスキャンダルの主役を飾る羽目になる……。攻防戦の勝利に湧き上がりつつ、復興作業に汗を流している人々からすれば、彼への評価はマイナスだ。